スリランカの水産業:持続可能な養殖技術と日本市場へのアクセス スリランカの水産業:持続可能な養殖技術と日本市場へのアクセス

スリランカの水産業:持続可能な養殖技術と日本市場へのアクセス

スリランカの水産業:持続可能な養殖技術と日本市場へのアクセス

1. はじめに

スリランカは、1,340kmに及ぶ海岸線と51.7万平方キロメートルの排他的経済水域を有し、豊かな水産資源に恵まれた国です。2023年の水産業の総生産額は約2,500億ルピー(約85億円)に達し、GDPの約1.3%を占めています。特に近年、養殖セクターが急速な成長を見せており、水産業全体の生産量の約25%を占めるまでに発展しています。

しかし、この成長には課題も存在します。スリランカ水産省の報告によれば、沿岸漁業の資源量は過去10年で約20%減少しており、持続可能な水産業への転換が急務となっています。このような状況下で、養殖業は将来の食料安全保障と経済成長の両面で重要な役割を果たすことが期待されています。

特に注目すべきは養殖技術の近代化です。従来の粗放的な養殖から、環境に配慮した集約的養殖への移行が進んでいます。例えば、北部州のマナー地区では、エビ養殖において閉鎖循環式養殖システムの導入が始まり、生産性の向上と環境負荷の低減を同時に実現しています。

また、輸出市場の多様化も進んでおり、従来のEU市場中心から、日本を含むアジア市場への展開が活発化しています。2023年の日本向け水産物輸出は前年比30%増を記録し、特に養殖エビと養殖カニの需要が高まっています。

さらに、持続可能性への注目も高まっています。環境認証の取得や持続可能な養殖手法の導入が進み、ASC(水産養殖管理協議会)認証を取得した養殖場は、2023年までに15カ所に増加しています。

2. 養殖産業の構造分析

2.1 主要魚種と生産量

スリランカの養殖業は、複数の主要魚種を中心に発展を遂げています。エビ養殖は年間約35,000トンの生産量を誇り、主にブラックタイガーとバナメイエビの養殖が行われています。北西部州と北部州を中心に展開されており、輸出向けの主力商品となっています。ただし、高度な管理技術が必要であり、疾病リスクへの対応が課題となっています。

ティラピア養殖も重要な位置を占めており、年間約28,000トンの生産量があります。全土の内水面で行われており、主に国内市場向けの生産となっています。低コストでの生産が可能なため、農家の副収入源として広く普及しています。

海藻養殖は比較的新しい分野ですが、年間約5,000トンの生産量があり、主にカラギーナン原料海藻の養殖が行われています。北部州と東部州の沿岸部で展開されており、環境負荷が低く、特に女性の雇用創出に貢献している点が注目されています。また、近年は輸出需要が増加傾向にあります。

2.2 技術的課題

現在のスリランカ養殖業は、いくつかの重要な技術的課題に直面しています。最も深刻な問題の一つが種苗生産の不安定性です。多くの養殖場が天然種苗に依存しており、人工種苗の品質にもばらつきが見られます。また、優良親魚の確保も困難な状況が続いています。

特にエビ養殖では、種苗の90%を輸入に依存している状況が続いており、これに伴う疾病リスクの増大とコスト高による収益性の低下が問題となっています。

水質管理の面でも課題が存在します。モニタリング技術の不足や排水処理施設の未整備、環境基準への対応の遅れなどが指摘されています。例えば、西部州のネゴンボ地区では、2022年に不適切な水質管理により複数の養殖場で大量死が発生する事態となりました。

2.3 環境への影響

養殖業の拡大に伴う環境への影響も顕在化しています。特に深刻なのがマングローブ林への影響です。1990年代のエビ養殖ブーム時には約30%のマングローブ林が消失し、現在も年間約1%の減少が続いています。この問題は沿岸生態系全体への影響が懸念されています。

水質汚染も重要な課題です。特に集約的養殖が行われている地域では、富栄養化の進行や底質の悪化が報告されており、周辺漁場への影響も懸念されています。

これらの課題に対し、スリランカ政府は「持続可能な養殖発展計画2025」を策定し、環境認証取得養殖場の増加、閉鎖循環式養殖の導入促進、マングローブ林の再生、水質モニタリングの強化などの目標を掲げています。

3. 持続可能な養殖技術

3.1 先進的な取り組み

スリランカでは、持続可能な養殖業の実現に向けて、様々な先進的な取り組みが始まっています。

特に注目すべきは、閉鎖循環式養殖システム(RAS)の導入です。北西部州チラウ地区での実証実験では、従来型と比較して水使用量を90%削減し、地下水への負荷を大幅に軽減することに成功しています。また、単位面積当たりの生産量が3倍に増加し、疾病発生リスクも大幅に低減されるなど、顕著な成果が報告されています。

バイオフロック技術の導入も進んでいます。東部州バティカロア地区では、ティラピア養殖にこの技術を導入し、排水量の80%削減と飼料効率の30%向上を実現しています。さらに、抗生物質使用量の削減にも成功し、生産コストの20%削減と共に、生存率の向上や成長速度の改善といった効果も確認されています。

3.2 日本の技術の適用可能性

日本の養殖技術は、スリランカの課題解決に大きく貢献できる可能性を秘めています。特にIoT技術を活用した養殖管理システムは、リアルタイムでの水質モニタリングや24時間体制での監視、異常の早期検知を可能にし、データに基づく効率的な意思決定を支援します。

自動給餌システムの導入も有望です。最適な給餌量の制御により、労働力の削減と飼料効率の向上を同時に実現することが可能です。また、日本の種苗生産技術は、親魚管理から初期飼育まで、高度な技術と豊富な経験に基づいており、スリランカの種苗生産における課題解決に貢献できると考えられます。

3.3 環境配慮型システムの導入

環境への影響を最小限に抑えつつ、生産性を向上させる取り組みも進んでいます。南部州ハンバントータ地区では、マングローブ統合養殖の試みが行われており、マングローブ林の保全と養殖事業の両立を目指しています。養殖池の配置最適化や緩衝地帯の設定により、生態系サービスを活用しながら持続可能な生産を実現しています。

4. 日本市場へのアクセス

4.1 品質基準と認証

日本市場への輸出では、厳格な品質基準への対応が求められます。HACCP認証の取得は必須であり、施設の改修や手順書の整備、従業員教育など、包括的な衛生管理体制の構築が必要です。また、検査体制の確立やトレーサビリティの確保、記録管理の徹底など、徹底した品質管理体制も要求されます。

4.2 物流・コールドチェーン

品質維持のための物流体制の整備は、日本市場への輸出において特に重要な要素となっています。コールドチェーンの確保は最重要課題の一つであり、産地での一次処理施設から保冷輸送車両、空港での冷蔵施設まで、一貫した温度管理体制の構築が必要です。

輸送時間の最適化も重要な課題です。直行便の活用や輸送ルートの効率化、通関手続きの迅速化など、様々な面での改善が進められています。また、鮮度保持技術の向上や急速冷凍設備の導入、温度管理システムの高度化など、品質保持技術の面でも継続的な改善が行われています。

付加価値化への取り組みも進んでいます。一次加工施設の整備や規格化の推進、新製品開発など、様々な施策を通じて日本市場での競争力強化が図られています。

5. 事業化への実践的アプローチ

5.1 効果的なパートナーシップの構築

スリランカでの養殖事業の成功には、適切なパートナーシップの構築が不可欠です。特に注目すべき事例として、北西部州プッタラム地区での取り組みが挙げられます。ここでは、技術移転プログラムを通じた現地スタッフの育成、品質管理体制の確立、研究機関との連携など、多層的な協力関係が構築されています。

国立水産研究所(NARA)との協力は特に重要で、種苗生産技術の開発や疾病対策研究、環境モニタリングなど、様々な分野で共同研究が進められています。また、大学との連携も活発で、新技術の実証実験や人材育成プログラムの開発、地域特性の研究など、幅広い分野での協力が行われています。

5.2 段階的な事業展開

リスクを最小限に抑えつつ、持続的な成長を実現するためには、段階的なアプローチが重要です。初期段階(1年目)では、パイロットプロジェクトの実施を通じた技術実証と市場調査、基本インフラの整備などが中心となります。

拡大段階(2-3年目)では、生産規模の拡大と市場開拓の本格化が主要な課題となります。養殖面積の増加や設備の増強、生産品目の多様化などと共に、販売チャネルの確立やブランディングの強化、各種認証取得の推進なども重要な取り組みとなります。

最適化段階(4-5年目)では、効率化の推進を通じた生産性の向上とコスト削減、品質の安定化などが焦点となります。また、加工部門の設立や流通網の整備、新規市場の開拓など、事業の多角化も重要な課題となります。

5.3 リスク管理

養殖事業特有のリスクに対する適切な管理体制の構築も重要です。生産リスク対策としては、疾病対策システムの確立や早期発見・対応体制の整備、バックアップ施設の確保などが必要となります。また、自然災害対策として、保険の活用や施設の強靭化、緊急対応計画の策定なども重要です。

市場リスク対策としては、価格変動対策が重要です。長期契約の締結や販路の多様化、付加価値製品の開発などを通じて、リスクの分散を図ることが必要です。また、為替リスク対策として、ヘッジ取引の活用や現地通貨建て取引の検討、コスト構造の見直しなども重要な課題となります。

6. 今後の展望

スリランカの養殖業は、持続可能な発展に向けて大きな転換期を迎えています。この変革を成功に導くためには、技術革新の推進、品質管理の徹底、そして効果的なパートナーシップの構築が特に重要となります。

技術革新の面では、閉鎖循環式養殖システムやIoT技術の導入、環境負荷の低減などが重要な課題となります。品質管理においては、国際認証の取得やトレーサビリティの確保、コールドチェーンの整備などが不可欠です。

また、持続的な成長のためには、現地生産者との連携、研究機関との協力、販売チャネルの確立など、包括的なパートナーシップの構築が重要となります。これらの要素を適切に組み合わせ、段階的に事業を展開することで、スリランカの養殖業は大きな成長の可能性を秘めています。

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