1. はじめに
リスク管理は、企業経営において単なる保険的役割やトラブル対応の枠を越え、今や戦略的な要素として扱われるべき時代に入っています。ビジネス環境の変化がかつてないほど速く、技術革新や政治経済の動揺、自然災害の頻発など、多岐にわたるリスクが同時多発的に襲いかかる可能性が高まっているからです。このような状況下で、経営者や管理職がリスク管理を「定例の会議でたまに議題に挙がる程度」と捉えていると、いざ突発的な事態が起きたときに適切な対応をとれず、企業の信用や財務に大きなダメージを負うことになりかねません。
しかし、日々のクレーム対応や売上追求など「緊急かつ重要」な業務(第一領域)に追われていると、「緊急ではないが重要」という類のリスク管理(第二領域)を後回しにしがちな現実があります。その結果、潜在リスクの洗い出しやシナリオ分析、対策プロトコルの整備といった中長期的な視点の仕事が停滞し、企業全体が不安定な土台に立ち続けることになるのです。ここで活用できるのが、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する**「第二領域経営®」**というマネジメント手法です。「第二領域経営®」は、緊急性が低いために先送りされがちな長期的・戦略的課題を、経営の中心に据える仕掛けを提供するものであり、リスク管理を先見性を持って取り組む際にも大いに威力を発揮します。
本稿では、まずリスク管理の重要性と、その背景にある経営環境の変化について整理します。続いて、「第二領域経営®」の要点を改めて確認したうえで、どうすれば企業が“今はまだ起きていないが、起きたときには大きな被害をもたらす”リスクに対して、計画的に備えられるのかを考察します。さらに、具体的な導入ステップや現場で陥りがちな落とし穴にも触れながら、リスク管理を単なる保険的対策にとどめず、企業がイノベーションと安定性を両立するためのフレームワークとして捉える視点を提示していきたいと思います。
2. リスク管理の重要性と経営環境の変化
企業活動においてリスク管理が必要だという認識自体は、いまや広く共有されています。保険やコンプライアンス、セキュリティなどはもちろんのこと、自然災害や地政学リスク、パンデミックなど、近年は予測不能な危機が頻発し、リスクの多様化と深刻化が進んでいるのが実情です。特にサプライチェーンのグローバル化が進む中では、一つの国や地域で起きた問題が世界中の企業に連鎖的な影響を及ぼすため、企業は“想定外”を想定する姿勢がこれまで以上に求められています。
一方で、多くの中小企業では、目先の営業や製造、生産性向上といった課題に追われるなかで、リスク管理にまとまった時間や資源を投じる余裕がないというのが現実です。社内にリスク管理担当や専門部署を設けるのはハードルが高く、経営者自身も現場対応やクレーム処理に手いっぱいで、リスクシナリオをじっくり検討するための会議を開くこともままならないケースが少なくありません。
しかし、リスク管理を後回しにしていると、いざトラブルが発生した時の被害を最小化する体制が整っていないために、信用失墜や機会損失が起きる危険が増大します。またリスクに対する具体的な備えやシナリオを作っていないと、社内で一貫した対応ができず混乱を招き、復旧や経営再建にかかるコストが膨れ上がる可能性も高いです。現代の経営環境では“起きないことを願う”だけではリスクヘッジにならず、経営の重要な一部としてリスク管理を戦略と結び付ける発想が不可欠と言えるでしょう。
3. 「第二領域経営®」とは何か
**「第二領域経営®」**は、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有するマネジメント手法であり、緊急に対処しなくても直ちに損害が出ないが、中長期的には企業の存亡や競争力に深い影響を与える仕事(第二領域)を計画的に進めるためのフレームワークです。具体的には、経営者が週次または月次で「第二領域会議」といった場を設け、そこで新規事業や組織改革、人事評価制度の見直しなど長期視点の課題を重点的に議論し、タスクを設定することを推奨します。その際、第一領域(売上確保や顧客対応など緊急かつ重要な業務)の仕事に追われすぎないよう、権限委譲や仕組み化を施し、経営トップ自身が第二領域の課題に時間を割けるようにするのが特徴です。
リスク管理は、まさに代表的な“緊急ではないが重要”な領域と言えます。大半のケースで、平時からリスクシナリオを想定し、備えを充実させても、すぐに売上が伸びたり目に見える利益が増えるわけではありません。しかし、大規模な事故や自然災害、サイバー攻撃などが起こった際に迅速かつ適切に対応するには、日頃から体制構築や社員教育、外部連携の整備などに取り組むことが欠かせません。リスク管理を“直近で必要になるか分からないから”と先送りにしてしまうと、いざという時に大ダメージを受ける恐れがあります。こうした先延ばしを防ぎ、経営者が定期的にリスク管理の課題を洗い出し、具体的な対策をチームで検討するのが「第二領域経営®」の基本的な考え方です。
4. リスク管理を「第二領域経営®」で進めるステップ
「第二領域経営®」を導入してリスク管理を強化するにあたっては、以下のようなステップを意識することで、計画的かつ継続的に成果を出すことが期待できます。いずれのステップも、“緊急ではないが重要”なタスクとして定期会議を設定し、PDCAを回す仕組みが核心になります。
4.1 現状分析とリスク項目の洗い出し
まずは自社が抱えるリスクを網羅的に洗い出します。自然災害(地震、洪水、台風など)、セキュリティ(サイバー攻撃、情報漏洩など)、人事(キーパーソン退職、労務トラブルなど)、経営環境(政治変動、為替変動など)、コンプライアンス(法令違反、製品事故など)といった大分類を立て、各リスクの発生確率や影響度を初期的に概算します。ここで経営者や幹部が一斉に集まり、一つひとつのリスクについて議論する場を設ける必要がありますが、それを第一領域に邪魔されず継続するのが「第二領域経営®」の導入メリットと言えます。
4.2 優先順位付けと対策方針の決定
リスクが多すぎると全てに対処するリソースは限られるため、優先順位を定めます。影響度が高く、発生確率も高いリスクは最優先で対策を検討し、逆に影響度や発生確率が低いものはモニタリングに留めるなど、メリハリをつけて計画を立案します。たとえばサプライチェーンの一部が海外特定地域に依存している場合、その地域の政治リスクや輸送障害が発生した時のシナリオを詳しく検討し、代替ルートの確保や在庫の確保などを進めることが考えられます。
4.3 体制整備とマニュアル作成
リスクが顕在化した際に誰がどのように動くかを決めておかないと、いざという時にパニックや混乱が起きます。危機管理チームや緊急連絡体制、マニュアル・ガイドラインを策定し、定期的に社員や関係部署に周知徹底する仕組みを導入するのが望ましいでしょう。たとえば自然災害時の社員安全確保マニュアルや、情報漏洩が発覚した際の報告手順などを文書化し、訓練を行います。こうした準備はすぐに成果を生まないため、経営トップのコミットがないとなかなか進まない領域です。「第二領域経営®」を通じて定期的に進捗をチェックし、社員教育や訓練の実施スケジュールを管理します。
4.4 定期的なPDCAと見直し
リスク管理は一度対策を決めれば終わりというわけではありません。事業拡大や経済情勢の変化などにともない、新たなリスクが出現したり、優先度が変わったりします。そこで、「第二領域経営®」で設定した会議やレビュー会合のなかで、リスク管理計画の実行状況を定期的に点検し、必要に応じて改訂を行うわけです。企業の成長ステージや国際環境の変動に対応して、守るべき分野の拡大・縮小を図ることがポイントになります。
5. よくある落とし穴と対策
リスク管理を「第二領域経営®」のアプローチで進める際に、いくつかの落とし穴が存在します。ここでは、その代表的なものと対策を考えます。
まず、短期的な成果圧力に負けてしまうことが挙げられます。リスク管理はすぐに売上を増やすわけではなく、企業にとって“コストセンター”と見られがちです。そのため、クレーム対応や売上対策といった短期的課題に時間を奪われ、リスク管理の取り組みが後回しになるリスクがあります。これは「第二領域経営®」によって週次・月次の定例レビュー会議をあらかじめセッティングし、その時間は経営者や主要幹部が絶対に他の業務に邪魔されないようにすることで大幅に緩和できます。いわばリスク管理を“やるべき優先タスク”として明確に位置づけるのです。
次に、現場を巻き込む意識が不足するケースです。リスク管理は管理職や一部の専門家だけで策定しても、いざ運用段階で現場が従わない、マニュアルを知らないなどの問題が発生しやすいです。そこで、現場リーダーや関連部署の社員を定期的な会議に招き、ヒアリングやワークショップ形式でリスクシナリオを共有すると効果的です。これを「第二領域経営®」によるプロジェクトとして立ち上げ、チームメンバーに責任を持たせれば、経営トップの意志を現場に伝えやすくなり、現場側も自分たちの言葉でマニュアルやプロセスを設計できるようになります。
また、トップが第一領域に引き戻されて進捗が止まる問題も顕著です。大きなクレームや取引先の要求などで経営トップが急に日常業務に巻き込まれ、リスク管理プロジェクトの会議がキャンセルされたり延び延びになる展開は、よくある話です。これも「第二領域経営®」の要である権限委譲やプロセス標準化により、クレーム対応を現場に任せられる仕組みを作ることで、トップがリスク管理レビューに集中できるよう整備する必要があります。また、プロジェクトリーダーに裁量を与え、経営トップが不在でもある程度決定できる体制を整えておけば、会議が無駄にならないでしょう。
6. まとめ
リスク管理は、企業が激変する経営環境で生き残り、継続的に価値を創造していくために欠かせない要素です。しかし、その緊急性の低さから後回しにされ、“いざという時”に備えがないまま事態が起きてしまうという悪いシナリオが多くの企業に見られます。こうした先延ばしを防ぎ、リスク管理を計画的に推進するのが、One Step Beyond株式会社の**「第二領域経営®」**というマネジメント手法の意義と言えます。
「第二領域経営®」によって、経営トップは第一領域の顧客対応や日常業務に埋没せず、リスク管理を“やるべき優先課題”として定期的に扱う枠組みを作ります。まずはリスクを網羅的に洗い出し、優先順位を付けたうえで対策方針を決め、社内の責任分担やマニュアル整備を進め、定期的にPDCAを回してアップデートしていく。このプロセスを継続できれば、突発的な事故や不測の事態が起きても被害を最小限に抑え、迅速な復旧を行う力を養えるだけでなく、企業全体が先見性を持った“リスク感度の高い組織”に成長していく可能性が高まります。
リスク管理は単に保険やセキュリティ対策のような守りの施策にとどまらず、新たなビジネスチャンスや戦略的優位性を生むきっかけにもなります。海外市場への進出や新技術導入の際に、リスクを冷静に評価し、必要に応じて外部パートナーとの連携や投資判断をスムーズに行えることは、他社にはない先見性や機動力をもたらします。そのためにも、“緊急ではないが将来を左右する”リスク管理を“第二領域”として意識し、経営層の意志と組織の仕組みを融合したマネジメントを実践することが、これからの企業にとってますます不可欠だと言えるでしょう。