1. はじめに
海外に現地法人を設立すると、事業を本格的にスタートさせるうえで、会計年度(Fiscal Year)の設定や関連する会計処理のルールを決める作業が必須となります。多くの企業が日本本社との連結決算を行うため、同じ年度区切りに合わせたいと考える一方、現地規則で決算月が指定されていたり、税務上のメリットが異なる年度に設定したほうがよいなど、さまざまな要素を考慮する必要があります。こうした検討を後回しにすると、法人登記こそ完了していても会計期をめぐる混乱で事業開始後にリスクや手間が増える懸念が大きいです。
本稿では、「海外進出10ステップ」のステップ6「法人設立と各種登録」の最終回(第10回)として、「海外法人の会計年度:本社との調整と現地規制への対応」をテーマに取り上げます。まず、なぜ会計年度が重要なのかを整理し、現地規制と日本本社の連結決算の狭間で企業が直面するジレンマを解説します。次に、国によっては会計年度を自由に設定できるケースと、一定の制限があるケースの例を示したうえで、実際にどう調整すべきかの考慮事項を箇条書きにしていきます。
さらに、これらのステップを“今すぐの売上に直結しないが将来的に大きな影響を及ぼす”領域として捉え、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」を活用するメリットも取り上げます。週や月の定例“第二領域会議”でこうした会計年度設定問題を集中して協議し、日常の顧客対応やクレーム処理(第一領域)にリソースを奪われないようマニュアル化・権限委譲を進めれば、後回しになりがちな会計期の整備を計画的に推進しやすくなります。次回(ステップ7「人材の確保と育成 ①『現地採用 vs 駐在員:人材配置の最適解を探る』」)では人材領域に話題を移して解説予定です。
2. なぜ海外法人の会計年度が重要なのか
2.1 経営と会計の整合
海外法人がどの会計期を採用するかは、ただの事務的な問題にとどまりません。月次や四半期、年次での業績把握や利益管理、税務申告のタイミングが変わり、企業が経営判断を行う際の基礎データに大きく影響します。また、親会社(日本本社)が連結決算を行う際、海外子会社の決算期が合わないと余計な調整や引当計算が必要になり、事務コストや誤差リスクが増大します。
2.2 現地規制との適合
国によっては「会計年度は1月〜12月」と法律で定められている場合もあり、そこを逸脱して独自の期日を設定できないケースがあるのです。あるいは規則で「年度を変更する場合、当局に申請して許可を得なければならない」などの要件が存在することもあります。また、税務上の理由で「期末を12月にしたほうが控除や繰延が有利」といった規定があり、会計期の設定が税負担に直結する場合もあります。
2.3 連結決算と本社管理
日本本社が3月末決算を採用している場合、海外法人も3月末に合わせるほうが連結決算をシンプルにできるメリットがあります。しかし、現地法令で12月末決算と定められていれば、法人レベルの財務諸表は12月末基準で作成し、その後の差分を本社決算日(3月末)に合わせて調整しなければならず、手間が増えるわけです。こうした追加の作業負荷をどこまで許容するかが検討ポイントとなります。
3. 国による会計年度の自由度
3.1 会計年度が固定されている国
- フィリピンやタイなど一部の国では、基本的に1月〜12月のカレンダー年度を会計期とすることが原則とされ、期末変更に際して許可を得なければならないケースが多い。
- この場合、日本本社と合わせるために3月末決算などを希望しても、現地法上は通常認められず、やや煩雑な調整が必要となることがある。
3.2 比較的自由度が高い国
- シンガポールや香港などでは、会社法上、会計年度は比較的柔軟に設定できる制度を採用しており、日本本社に合わせて3月末決算を採用する企業が多い。
- ただし、こうした国でも税務当局に年度設定の届け出が必要となり、年度を変更する場合は再申請を求められることがあるため注意が必要。
3.3 中国
- 中国では原則として1月〜12月が会計年度と定められており、強制力があるため、現地法人は12月末を期末とするのが基本。一方、日本本社が3月末決算の場合、連結上は「12月末基準の数字+1〜3月分の修正」などが必要となるケースが多い。
- 地域や業種によって細かい運用が異なる可能性もあるため、地方政府や税務当局の規定を確認しなければならない。
3.4 欧米
- アメリカやイギリスなどでは比較的自由に会計期を設定できる国が多く、企業の事情に合わせて本社と同じ決算月に揃えることが容易。
- ただし、税務申告の締切り日が固定されている場合や、会社法上の年次報告期限などとの関係に留意する必要がある。
4. 会計年度を設定・調整するうえでの考慮事項
4.1 本社との連結決算の利便性
- 日本本社が3月末決算を採用している場合、海外子会社も3月末に合わせれば連結作業をシンプルにできる。しかし、現地で12月末が必須とされるなら、子会社の決算書を一旦12月末で締め、3月末に向けた“3か月の差異調整”を行う必要がある。
- この差異調整は経理負荷が増え、誤差リスクが生じるため、本社の管理体制や現地の経理リソースを考慮した最適解を探る必要がある。
4.2 税務メリットや規制
- 期末をどこに設定するかで、繰越損失の扱いや税率、控除適用のタイミングなどが変わる国もある。税務上のメリットが大きい年度選択肢があるなら、それを優先する価値がある。
- 一方で、半年や数年ごとに年度を変更すると規制当局の審査が入り追加書類が必要になる、などのコスト増も考慮しなければならない。
4.3 経営管理上のタイミング
- 事業特性によっては、ピークシーズン直後に会計期を終えたほうが在庫や売掛金がスムーズに評価できるという戦略的な判断もある。例えば季節商材を扱う企業はシーズン終了後を期末にすると財務指標が適切に反映される可能性がある。
- 逆に、繁忙期に期末と決算処理が重なると現場への負荷が大きくなるため、それを避けるケースも考えられる。
4.4 現地スタッフと本社スタッフの連携
- 会計年度を無理に本社と合わせることで、現地側のスタッフが当局対応で複雑な作業を余儀なくされるかもしれない。あるいは逆に現地法に従って12月末決算にしておくと、本社連結決算で補正処理が膨大になるかもしれない。
- 双方の人員体制やITシステム(会計ソフト)を検討し、どちらか一方が過度に負担を抱えないバランスをとる必要がある。
5. “第二領域経営®”の活用による円滑な会計年度決定
One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」は、企業が日々の“緊急かつ重要”な業務(第一領域)に追われるあまり、“今すぐには売上に結びつかないが長期的に重要”な課題(第二領域)を後回しにしてしまう現象を打破する方法論です。海外法人の会計年度設定はまさに第二領域に属するタスクと言え、ここを“第二領域会議”によって計画的に進められれば、以下のような効果が得られます。
- 経営トップや幹部が日常業務に呼び戻されない
第一領域をマニュアル化・権限委譲しておき、トップが“火消し”対応に忙殺されない状態を作ることで、会計年度の調整や現地規制の検証などに集中できる時間が確保される。 - 定期的な議論と情報収集のPDCA
週や月の“第二領域会議”で、現地コンサルやローカル会計士のリサーチ結果を共有し、親会社との連結シミュレーションや税務シミュレーションを検討。仮に修正が必要なら次回会議で再合意するという形で、タイムリーに意思決定が行える。 - 社内他部門の巻き込み
会計年度は経理部門だけでなく人事や営業、現地の管理者など多方面に影響を及ぼす。第二領域会議に関係者を参加させれば、全社合意のうえでスムーズに最終決定が可能となる。
6. 次回予告:ステップ7人材の確保と育成 ①「現地採用 vs 駐在員:人材配置の最適解を探る」
今回のステップ6「法人設立と各種登録」の最終回では、「海外法人の会計年度:本社との調整と現地規制への対応」をテーマに、なぜ会計年度の設定が重要か、国ごとにどのような自由度や規制があるか、実際に決定するうえで考慮すべきポイントをまとめました。短期的には売上増に直結しないかもしれませんが、会計年度を後から変更するのは煩雑でリスクも高いため、設立初期段階でしっかり検討しておくことが重要です。そしてこうした議論を“第二領域経営®”の枠組みで行えば、後回しにせず計画的に最適な会計年度を設定しやすくなるわけです。
次回からはステップ7「人材の確保と育成」へと進みます。第1回(ステップ7①)は「現地採用 vs 駐在員:人材配置の最適解を探る」を取り上げ、海外拠点を立ち上げる際にどのように人材を確保するか、現地で採用するのか日本から駐在員を派遣するのか、それぞれのメリット・デメリットを解説します。法人設立が終わった後、実際に事業を動かすうえで不可欠な人的資源の戦略を考えるステップとして必見の内容となりますので、ぜひあわせてご確認ください。
7. まとめ
海外法人を設立するうえで、会計年度の設定は地味ながら極めて重要な意思決定ポイントです。国によっては1〜12月のカレンダー年度以外を認めない場合があり、日本本社と会計期を合わせられないケースもあります。また、自由に設定できる国でも、税務メリットや経営管理上の都合などを考慮して最適解を探す必要があり、そのまま3月末決算に合わせるのか、あえて現地の慣習(12月末など)を採用するのかを慎重に判断しなければなりません。
こうした検討は、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」という仕組みを用いることで、日常の“火消し”タスクに妨げられず進められます。週や月の“第二領域会議”で会計年度設定を議題に据え、親会社との連結や現地税務の専門家の意見を取り入れつつPDCAを回せば、後から慌てて年度変更を行うリスクを大幅に下げられるでしょう。法人設立時に会計期が曖昧なままになっている企業は少なくありませんが、その曖昧さが後に大きなコストや混乱を生む場合があるため、今回のステップ6⑩で示した視点を参考に、早期に最適な会計年度を設定していただきたいところです。
次回(ステップ7①)は「現地採用 vs 駐在員:人材配置の最適解を探る」をテーマに、さらに踏み込んで海外拠点でのスタッフ確保や駐在員派遣のメリット・デメリットを考察します。法人設立が完了し、会計年度も整った後、実際に動かす人材をどう手配するかという観点から、海外進出の次なるステップを一緒に見ていきましょう。