はじめに
インドネシアは、東南アジア最大の経済大国であり、人口約2.7億人(2020年時点)を抱える巨大市場として、日本企業にとっても長年注目の対象でした。近年、この国はエネルギー政策の大きな転換期を迎えています。化石燃料依存からの脱却や再生可能エネルギー(以下、再エネ)の積極的導入といった変化は、国際的な気候変動対策や長期的な経済持続性確保の視点から避けて通れない課題となっています。
こうした中、インドネシア政府は「National Energy Policy 2021-2025」を策定し、再エネ導入拡大や炭素排出削減目標の明確化を進めています。この政策を理解することは、今後インドネシア市場でビジネス展開を考える日本の中小企業にとって、重要な一歩です。
本記事では、インドネシア国家エネルギー政策(2021-2025)の概要を整理し、その背景や狙い、現場で起こっている変化、そして日本中小企業がとるべき戦略的アプローチをわかりやすく解説します。
インドネシア国家エネルギー政策(2021-2025)とは
「National Energy Policy 2021-2025」は、インドネシア共和国エネルギー鉱物資源省(MEMR)が策定した中期計画です。ここでは、再エネ比率の向上やエネルギー効率改善、地方電化への取り組み、そして長期的な脱炭素目標に向けた道筋が示されています。
注目点は、これまで主力だった石炭火力に過度に頼るのではなく、太陽光、地熱、水力、バイオマスなど多様な再エネ資源へと投資を振り向ける方針を明確化していることです。再エネ拡大は、国際社会からの環境要請に応えるだけでなく、国内のエネルギー安定供給にも寄与します。
さらに、電力公社PLNが発行する電力供給計画「RUPTL 2021-2030」とも整合性を持たせ、再エネ導入促進と送配電網整備が連動して進むことが期待されています。
国際的潮流と国内事情が後押しするエネルギー転換
インドネシアがエネルギー転換に本腰を入れる理由には、国際的な潮流と国内事情の両面があります。
- 国際的プレッシャーと機会:
パリ協定に基づく温室効果ガス削減目標、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大、国際金融機関による石炭火力発電への融資制限など、インドネシアは気候変動対応で後れを取れなくなっています。再エネ転換は、この国が世界基準に追いつくための必須課題です。 - 国内エネルギー需要への対応:
経済成長に伴い電力需要は増す一方で、国土が多数の島々から成るインドネシアでは、中央集約型の電源確保だけではカバーしきれません。マイクログリッドや分散型エネルギー供給が求められ、地域特性に合った再エネ導入が現実的な選択肢となっています。
再エネ普及を支える政策的な後押し
「National Energy Policy 2021-2025」には、再エネ促進のための具体的な政策手段が組み込まれています。たとえば:
- 固定価格買取制度(FiT):
再エネ発電事業者が一定期間、決まった価格で電気を買い取ってもらえる制度は、投資回収の見通しを容易にします。 - 入札制度導入:
一部の再エネ案件は競争入札によって事業者が選定され、価格競争力と技術提案力が問われる市場へと移行しつつあります。 - インフラ整備・送配電網強化:
分散型電源や遠隔地への電化を実現するためには、送電インフラや蓄電設備が不可欠です。こうした関連投資への支援も進められています。
日本中小企業へのインプリケーション(示唆)
ここからが本題です。インドネシアのエネルギー政策転換は、日本の中小企業にとってどんな意味を持つのでしょうか。単純に「現地が再エネへシフトするなら日本製品を売ろう」という話にとどまらず、より戦略的な視点が求められます。
- 高品質な技術・部品で差別化:
日本製品は耐久性や品質面で評価が高い傾向にあります。太陽光発電用機器、地熱発電用の特殊部品、蓄電システム、エネルギーマネジメントシステムなど、長期的な信頼性を重視する顧客には日本製が好まれる可能性が高いと考えられます。 - コンサルティング・エンジニアリングサービス:
インドネシアでは、まだまだエネルギー分野のノウハウが不足しています。現地パートナーや顧客に向けて、エネルギー効率化に関する技術指導、再エネ発電所運営ノウハウ、保守メンテナンス、システム設計などの専門的サービスを提供すれば、単なる機材供給以上の価値を生み出せます。 - ローカルパートナーシップ構築:
インドネシアで成功する鍵は、いかに現地企業や自治体、教育機関と信頼関係を構築するかにあります。合弁会社の設立や共同プロジェクト、現地スタッフの育成を通じて、長期的な拠点化を目指すことが有効です。 - 段階的参入でリスク分散:
最初から大規模プロジェクトに飛び込むのはリスクが大きい場合、中小規模の案件から実績を積んで徐々に事業を拡大するアプローチが得策です。また、法規制の変更や政策転換が起きやすいため、常に最新情報をキャッチアップし、柔軟に対応できるビジネスモデルを確立する必要があります。
課題とリスクにも備えよう
もちろん、インドネシア市場には課題も存在します。
- 政策の流動性:
再エネ関連の法制度は発展途上であり、頻繁な変更が生じる可能性があります。契約スキームや買取価格が変動すれば、収益計画にも影響が及びます。 - 価格競争:
インドネシアには中国、韓国、欧州など多方面からの進出が見込まれ、価格競争が激化することが想定されます。「高品質」のみで勝負するのではなく、コストダウンや現地調達、部品サプライチェーンの構築など戦略的な取り組みが必要です。 - 人材確保・育成:
専門的な知識やスキルを持つ現地人材はまだ十分でないことが多く、自前で教育やトレーニングプログラムを提供する覚悟が求められます。
今後の見通しと準備すべきこと
インドネシアのエネルギー市場は、2025年に向けて確実に再エネ比率を高め、2050年以降のカーボンニュートラル達成に向けた動きも強まっていくと考えられます。世界銀行やADB(アジア開発銀行)、IRENA(国際再生可能エネルギー機関)、IESR(非営利研究機関)といった国際機関の分析も、インドネシアがエネルギー転換期にあることを示唆しています。
日本の中小企業が早期にこの流れをキャッチし、自社の技術・サービスを現地ニーズに合わせてブラッシュアップすれば、中長期的なビジネスチャンスをつかめる可能性は大いにあります。
具体的な準備例:
- 最新政策動向を随時チェックし、信頼できる現地コンサルタントや公的機関(例えば在インドネシア日本大使館、JETROジャカルタ事務所など)から情報収集を継続
- ローカルパートナーとのネットワーキングに力を入れ、現地の声を反映した技術改良・サービス開発
- 小規模案件やデモプロジェクトで試行し、フィードバックを得ながらビジネスモデルを強化
- 技術研修や日本国内での受け入れ教育、オンライン講座などで現地人材育成をサポートし、自社ブランド価値を向上
まとめ
インドネシアは「National Energy Policy 2021-2025」を通じて、再エネ比率を高め、エネルギーインフラを多様化し、最終的にはカーボンニュートラルを目指す長期ビジョンを描いています。この流れは日本企業、とりわけ中小規模で柔軟な対応が可能な企業にとって大きなチャンスです。
もちろん課題は存在しますが、それらを見越したリスクマネジメントとローカライズ戦略、そして質の高い製品・サービス提供があれば、市場でのポジションを確立することは十分可能です。
One Step Beyond株式会社では、今後もインドネシアをはじめとした新興市場でのエネルギー政策やビジネストレンドを継続的にウォッチし、日本の中小企業の皆さまが海外展開を進める際に役立つ情報を発信していきます。
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【参考文献・出典】
- Ministry of Energy and Mineral Resources Republic of Indonesia (MEMR), “National Energy Policy 2021-2025”
https://www.esdm.go.id/en/publication/ruen - International Renewable Energy Agency (IRENA), “Renewable Energy Prospects: Indonesia – A REmap Analysis”
https://www.irena.org/publications/2017/Mar/Renewable-Energy-Prospects-Indonesia - Asian Development Bank (ADB), “Indonesia Energy Sector Assessment, Strategy, and Road Map”
https://www.adb.org/sites/default/files/institutional-document/666741/indonesia-energy-asr-update.pdf - PLN (Perusahaan Listrik Negara), “Rencana Usaha Penyediaan Tenaga Listrik (RUPTL) 2021-2030”
https://web.pln.co.id/statics/uploads/2021/10/ruptl-2021-2030.pdf - Institute for Essential Services Reform (IESR), “Indonesia Energy Transition Outlook (IETO) 2023”
https://iesr.or.id/en/pustaka/indonesia-energy-transition-outlook-ieto-2023 - World Bank, “Indonesia Country Climate and Development Report”
https://documents1.worldbank.org/