1. はじめに
海外市場に参入する際、企業が最初に直面する課題の一つが「商品名」のローカライズです。前回の記事(ステップ8. ①「ローカライズの基本:翻訳だけじゃない、真の現地化とは」)でも述べたように、ローカライズは単なる翻訳にとどまらず、現地文化や言語、法規制、そして消費者の感性にフィットさせる一連の作業です。その中でも商品名は特に顧客接点の入り口となる重要な要素であり、ここでの成功・失敗がブランドイメージや売上に直結する可能性があります。
本稿では、「海外進出10ステップ」のステップ8「商品・サービスのローカライズ」の第2回として、「商品名のローカライズ:失敗例と成功例から学ぶ」を取り上げます。まずは各国で実際に起きたネーミングの失敗例と成功例を箇条書きではなく文章中心に整理し、どのような要因が結果を分けたのかを分析していきます。続いて、企業が商品名を海外向けにローカライズするときに注意すべきポイントを示し、最後にこうした長期的・戦略的なローカライズ活動を「第二領域経営®」の視点からどのようにマネジメントするかを考察します。なお次回(ステップ8. ③「業界別:ローカライズが必須の要素と省略可能な要素」)では、より具体的に業界ごとの特徴を踏まえたローカライズの優先度を検討する予定です。
2. 商品名ローカライズの失敗例とその教訓
企業が海外に製品を売り出す際、商品名のローカライズで大きな失敗をしてしまうケースは決して珍しくありません。以下に、いくつかの代表的失敗例を文章で取り上げ、その背景と教訓を解説します。
2.1 現地語で不快な意味を持つ名前を使用
ある自動車メーカーが、欧州向け車種の名前をラテンアメリカ地域でも使い回したところ、現地の俗語で卑猥な意味を連想させる単語であることが判明して販売が伸び悩んだ例があります。企業としてはグローバルに統一名称を使いたかったのですが、地域によって単語の響きやイメージが大きく変わるリスクが軽視されていたわけです。結局改名を余儀なくされ、再ブランド化に追加コストがかかったといいます。
教訓:一見意味のない響きでも、現地の俗語や方言、スラングにおいてマイナスイメージや不快な連想がないかを入念にリサーチする必要がある。 特に言語学習者やネイティブスピーカーを含む複数人でレビューすることが大切です。
2.2 直訳で意味が伝わらない
日本で有名な食品のブランド名をそのまま英訳しようとして、言葉のニュアンスが全く通じず、現地では「何のことか分からない」「覚えにくい」と敬遠された事例があります。日本語では意味のある造語が英語圏では無味乾燥な単語に見えたり、奇妙な響きに聞こえたりすることが多々あります。結果、現地で「発音しづらい」「ターゲット層に響かない」としてブランド力を形成できず、リブランディングを検討したそうです。
教訓:自国語ではキャッチーでも、直訳や音写すると伝わらない・響きが悪い場合がある。 場合によっては現地語で別名を付けるか、英語圏なら英語名を検討するなど、「音の心地よさ」「覚えやすさ」「意味の理解しやすさ」を総合的に検討しなければならない。
2.3 競合との商標衝突や法的トラブル
ある中小企業がアジア新興国へ進出した際、自社商品と同じ名前を既に現地企業が商標登録していたため、使用できずに大幅な商標権トラブルに巻き込まれた例があります。ブランド名をそのまま持ち込もうとした結果、現地では先行使用されていることを知らず、販売差し止めを受けるリスクも生じたといいます。
教訓:海外でも狙う国や地域において商標調査を確実に行い、必要な場合は早期に商標登録するなど対策が必須。 競合が先に使っている場合は別の名前を検討し、追加コストが発生しないよう事前にリサーチすることが重要です。
3. 成功例から学ぶ効果的なローカライズ戦略
失敗例がある一方で、うまくネーミングをローカライズし、現地で大きな成功を収めた事例も存在します。以下に、その要因を文章で解説します。
3.1 響きと意味を巧みに組み合わせる
ある菓子ブランドが東南アジア向けに商品名を付ける際、「おいしさ」「楽しさ」という現地語を組み合わせた新造語を作り、当初は海外独自の名称に対して社内で反対意見も出たそうですが、市場テストで好反応を得たことで採用し、結果的に売上増に成功しました。響きがかわいらしく、現地の若者にブランドが覚えやすいというメリットが明確だったようです。
要因:単に既存名を直訳するのではなく、現地語のポジティブイメージや語感を取り入れた新名称を開発し、市場でテストして確かめるアプローチが功を奏した。
3.2 現地パートナーや消費者の声を反映
ある飲料メーカーは、中国市場へ進出する際、ローカルの広告代理店と協力し、事前に多数の消費者サンプルを集めてネーミング候補をアンケートで絞り込みました。その結果、会社側が最初に考えていた名前はあまり好感度が高くなく、別の音の響きや漢字の組み合わせがトップ評価を得たため、そちらを採用。発売後に現地スタッフからも分かりやすいと評判となり、短期間で知名度が広がったようです。
要因:現地パートナーと緊密に連携し、消費者テストを実施することで、企業の思い込みや先入観に流されずに客観的データを得られたことが成功を呼んだ。
3.3 ローカル要素とグローバルブランドの融合
ある大手ファッションブランドは、アジア各国で同じ英語名を使いながら、サブネームとして現地語のフレーズを商品パッケージや広告で併記しました。このアプローチにより、グローバルブランドとしての統一感を保ちつつ、各国の消費者にも「自分たち向けに作られている」という親近感を与えることに成功。国ごとの文化行事に合わせてキャンペーン名をローカライズしたり、SNSアカウントを現地語で運営するなど、ブランドコアは共通しながらローカル要素も柔軟に採り入れました。
要因:グローバルブランドの一貫性と、ローカル消費者に合わせた訴求を両立させる工夫が消費者の心を掴んだ。
4. 商品名ローカライズで注意すべきポイント
失敗・成功例から見えてくる、商品名ローカライズで注意が必要なポイントを以下に整理します。単なる翻訳に終わらず、文化・法務・マーケティングの視点で多面的に検討するのが求められます。
4.1 響き・意味合い・文字の使い方
- 発音: 現地言語で発音しやすいか、馴染みやすいかを考慮。言語によって子音や母音の組み合わせが特殊な場合、うまく発音できない・覚えられないリスクがある。
- ポジティブイメージ: 意味や響きが現地語で悪い連想を起こさないか、俗語・スラングで不快な意味にならないか確認が必須。
- 文字体系: アルファベット以外の文字(漢字圏やキリル文字、アラビア文字など)の場合、直訳や音写が良い印象かどうかをネイティブにチェックしてもらう。
4.2 既存の商標や類似ブランドとの衝突
- 商標調査: 進出予定国の特許庁や商標データベースで、同じ名前や類似名称が既に登録されていないかを確認。現地企業や他国企業が先行しているケースも多い。
- 類似発音のリスク: 発音が似たブランドや重要な企業名がある場合、消費者が誤解したり法的衝突の可能性がある。
- 早期登録: 商品名をローカライズしたら早めに商標登録を行うのがセオリー。現地で悪意ある先行登録が行われる危険性も考慮する。
4.3 現地法規制の確認
- 言語使用義務: 一部の国ではパッケージや広告に現地語を必ず使わなければならない規定が存在する。英語やローマ字だけで済ませると違法または販売不可になり得る。
- 食品・医薬品などの特殊表示: 成分や効果効能を現地語で記載する義務などがあり、商品名と補足説明のバランスが必要。
- 差別的・過激表現: 宗教・政治・民族を連想させる表現や不適切ワードに該当しないかも念入りに確認する。
4.4 ブランド戦略との一貫性
- グローバルな統一感: 企業全体でグローバルブランドを打ち出したい場合、ローカライズしつつも主名称は変えず、サブタイトルやキャッチコピーでローカル要素を加味する方法が多い。
- ローカル専用の別名称: 国によってまったく別名を使う例(マクドナルドのメニューなど)もあるが、広域的に展開する際に混乱しないよう全社レベルで管理が必要。
- 消費者テスト: 最終的に商品名の候補をいくつか用意し、現地モニターやスタッフにアンケートやヒアリングを行うことで、どのネーミングが最も好まれるか客観的データを得ると安心。
5. ローカライズ施策を計画的に進める「第二領域経営®」
商品名のローカライズは、目先の売上向上に直結しないと考えられがちな中長期的投資ですが、失敗すれば大きなコストとブランド毀損を引き起こし、成果にも大きく影響します。ここでOne Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」の仕組みを適用すれば、PDCAを計画的に回しながら社内資源を適切に配分することが可能となります。
- 定期“第二領域会議”で最優先議題化
ローカライズのプロジェクトを、日常の第一領域(売上・クレーム対応)の課題とは切り離し、この会議で進捗と課題を最優先で扱う。そうすることで商品名のリサーチや商標確認、翻訳・文化チェックなどを着実に推し進められる。 - 第一領域はマニュアル化・権限委譲
経営トップや幹部が日々の業務に追われると、商品名のローカライズまで目が行き届かないまま発売されてしまう危険がある。そこで第一領域をマニュアル化し、権限を現場に任せることで上層部が“第二領域会議”に集中し、ネーミング案やマーケ調査結果をしっかり吟味できるようにする。 - PDCAサイクルで改良
仮に発売後に「やはり名前に問題がある」「消費者に誤解されている」などの声が上がった場合、すぐに対策を検討し再テストや名称変更を行う。週や月の定例会議を通じて迅速に決裁し、形骸化を防ぐ。
6. まとめ
商品名のローカライズは、海外進出において「翻訳すればOK」という単純な問題ではなく、文化的・法規的背景やブランド戦略など多様な要素を総合的に勘案する作業です。失敗事例を見ても分かるように、ローカル言語で不適切な意味を持つ単語や、すでに先行商標が取られているケースなど、想定外の落とし穴が多々存在します。一方で、成功事例からは、響きや意味合いを現地消費者がポジティブに受け止めやすい名称を開発し、市場テストを通じて最適解を得ることの重要性が見て取れます。
このようなローカライズ施策は、企業が短期的に売上を伸ばす活動(第一領域)に埋没してしまうと、十分な調査やテストができずに失敗リスクが高まります。そこでOne Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」を用い、経営トップや幹部が週や月の“第二領域会議”で商品名ローカライズの進捗を優先的にチェックし、PDCAを回す仕組みを作れば、社内で後回しにされることなく計画的に成果を出しやすくなるでしょう。
次回(ステップ8. ③)では、「業界別:ローカライズが必須の要素と省略可能な要素」をテーマに、IT、製造、食品、サービスなど各業界ごとにローカライズで力を入れるべき領域と、逆に省略できるかもしれない領域を考察します。商品名に限らず、機能設定や広告デザイン、アフターサービスの体制まで幅広く検討すると、業種特有の優先度やリスクが見えてきますので、ぜひあわせてご覧ください。