はじめに
「海外進出10ステップ」シリーズの第11回目へようこそ。前回は、海外進出の目的から逆算する戦略の立て方について詳しく解説しました。今回からは、「ステップ2:市場調査と進出先の選定」に入ります。その第1回として、初心者でも実践できる海外市場調査の5つの手法について深掘りしていきます。
海外進出を成功させるためには、進出先の市場を十分に理解することが不可欠です。しかし、海外市場の調査は、言語の壁や情報の入手困難さから、多くの企業にとって大きな課題となっています。本記事では、比較的容易に実施できる市場調査の手法を紹介し、その具体的な進め方や注意点について解説します。
1. デスクリサーチ:基本情報の収集
デスクリサーチは、既存の公開情報を活用して行う調査手法です。初期段階の情報収集に適しており、コストをかけずに基本的な市場情報を得ることができます。
主な情報源:
- 政府機関のウェブサイト
- 例:各国の統計局、経済産業省、外務省など
- 国際機関のデータベース
- 例:世界銀行、IMF、OECD、UNCTADなど
- 業界団体のレポート
- 経済誌・専門誌の記事
- 調査会社の公開レポート
- 大学・研究機関の発表資料
収集すべき基本情報:
- 人口統計(総人口、年齢構成、都市化率など)
- 経済指標(GDP、経済成長率、物価上昇率、為替レートなど)
- 政治状況(政治体制、政権の安定性、外資政策など)
- 法規制(会社法、労働法、税制など)
- 市場規模と成長率
- 主要プレイヤーと市場シェア
- 消費者トレンド
デスクリサーチのポイント:
- 複数の情報源を活用し、データの信頼性を確認する
- 可能な限り最新のデータを使用する
- 時系列データを収集し、トレンドを把握する
- 類似市場との比較を行い、相対的な位置づけを理解する
デスクリサーチの具体例:
ベトナム市場への進出を検討している日本の食品メーカーAの事例を考えてみましょう。
- 人口統計:
- 世界銀行のデータベースから、ベトナムの人口が約9,700万人(2021年)で、年間1%程度の増加率であることを確認。
- 国連の人口統計から、中間層(年収5,000-35,000ドル)が急増していることを把握。
- 経済指標:
- IMFのレポートから、ベトナムのGDP成長率が過去5年間平均6-7%で推移していることを確認。
- ベトナム統計総局のデータから、食品・飲料分野の小売売上高が年率10%以上で成長していることを把握。
- 法規制:
- ジェトロのウェブサイトで、食品輸入に関する規制や必要な認証について情報収集。
- 現地の法律事務所のニュースレターから、最近の食品安全法の改正内容を確認。
- 競合状況:
- 業界誌の記事から、現地の大手食品メーカーや進出済みの外資系企業の動向を調査。
- 各社の年次報告書から、主要プレイヤーの市場シェアや売上高を把握。
これらの情報を統合することで、ベトナム市場の成長性や参入機会、想定される課題などを大まかに把握することができます。
2. オンラインサーベイ:消費者の声を直接聞く
オンラインサーベイは、インターネットを通じて直接消費者から情報を収集する手法です。比較的低コストで大規模なデータ収集が可能であり、消費者の嗜好や行動を理解するのに役立ちます。
オンラインサーベイの実施ステップ:
- 調査目的の明確化
- 対象者の選定(年齢、性別、地域など)
- 質問票の設計
- サーベイツールの選択(例:Google Forms、SurveyMonkey、Qualtrics)
- パイロット調査の実施と質問票の修正
- 本調査の実施
- データ分析と結果の解釈
効果的なサーベイのポイント:
- 簡潔で明確な質問を心がける
- 選択肢を用意する質問と自由回答の質問をバランスよく配置する
- 調査対象者の負担を考慮し、回答時間を15-20分程度に抑える
- インセンティブ(商品券など)の提供を検討し、回答率を高める
- 現地の言語や文化に配慮した質問設計を行う
オンラインサーベイの活用例:
- 商品・サービスの需要調査
- ブランド認知度調査
- 競合製品の使用状況調査
- 価格感度分析
- 消費者のライフスタイル調査
オンラインサーベイの具体例:
先ほどの食品メーカーAが、ベトナムでの健康食品の需要を調査する場合を考えてみましょう。
調査設計:
- 調査目的:ベトナムにおける健康食品の需要と購買行動の把握
- 対象者:ベトナムの主要都市(ハノイ、ホーチミン市)在住の25-45歳の男女500名
- 主な質問項目:
- 健康食品の認知度と使用経験
- 健康食品に求める効果・効能
- 購入頻度と1回あたりの支出額
- 購入チャネル(薬局、スーパー、オンラインショップなど)
- 健康食品に関する情報源
- 日本製健康食品に対するイメージ
- 使用ツール:SurveyMonkey(多言語対応機能を活用)
結果分析:
- 回答者の70%が健康食品を使用した経験があり、そのうち60%が定期的に購入している。
- 最も求められている効果は「疲労回復」(65%)、次いで「美容効果」(55%)、「免疫力向上」(50%)。
- 平均購入頻度は月1回、1回あたりの支出額は平均30万ドン(約1,500円)。
- 購入チャネルはドラッグストア(40%)、オンラインショップ(35%)、薬局(25%)の順。
- 情報源はSNS(60%)、友人・家族の推奨(50%)、テレビCM(30%)。
- 日本製健康食品に対しては、「品質が高い」(80%)、「安全性が高い」(75%)というイメージがある一方、「価格が高い」(70%)という認識も。
これらの結果から、ベトナムにおける健康食品市場の潜在性や、商品開発・マーケティング戦略の方向性を検討することができます。
3. ソーシャルリスニング:SNSから市場の声を拾う
ソーシャルリスニングは、SNS上の消費者の声を分析する手法です。リアルタイムで市場のトレンドや消費者の本音を把握することができ、製品開発やマーケティング戦略の立案に役立ちます。
主なソーシャルリスニングのプラットフォーム:
- 現地の人気SNS(例:中国のWeibo、Xiaohongshu)
ソーシャルリスニングの手順:
- 監視キーワードの設定(自社・競合ブランド名、製品カテゴリー、業界用語など)
- ソーシャルリスニングツールの選択(例:Brandwatch、Sprout Social、Hootsuite Insights)
- データの収集と分析
- インサイトの抽出
ソーシャルリスニングで得られる情報:
- ブランドに対する消費者の感情
- 製品の評判や改善要望
- 競合製品との比較コメント
- 業界トレンドや新たなニーズ
- インフルエンサーの特定
ソーシャルリスニングのポイント:
- 現地の言語でのキーワード設定を行う
- ポジティブ・ネガティブな意見のバランスを見極める
- 影響力の大きいユーザーの発言に注目する
- 季節性や特定のイベントによる変動を考慮する
- 定性的な分析と定量的な分析を組み合わせる
ソーシャルリスニングの具体例:
食品メーカーAが、ベトナムの健康食品市場のトレンドを把握するためにソーシャルリスニングを実施する場合を考えてみましょう。
- 監視キーワードの設定:
- ベトナム語:「thực phẩm chức năng」(健康食品)、「vitamin」、「thảo dược」(ハーブ)
- 英語:「health supplement」、「functional food」
- ブランド名:主要な現地ブランドや外資系ブランドの名称
- 使用ツール:Brandwatch(多言語対応、感情分析機能あり)
- 分析期間:過去3ヶ月
- 主な分析結果:
- 言及量:「thực phẩm chức năng」の月間平均言及数が前年比30%増
- トレンド:コラーゲンサプリメントに関する投稿が急増(美容目的)
- 感情分析:全体の60%がポジティブ、30%がニュートラル、10%がネガティブ
- 主な話題:
- 免疫力向上への関心が高い(COVID-19の影響)
- 天然原料・オーガニック製品への好意的な反応
- 価格に対する敏感な反応(高すぎると批判的なコメントが増加)
- インフルエンサー:健康・美容系YouTuberの影響力が大きい
- 競合分析:現地ブランドXの新製品ローンチが好評
- インサイト:
- 免疫力向上と美容効果を兼ね備えた製品の開発可能性
- 天然原料の使用をアピールしたマーケティング戦略の有効性
- YouTuberを活用したプロモーションの検討
- 価格戦略の慎重な検討(プレミアム感と価格妥当性のバランス)
これらのインサイトを基に、製品開発やマーケティング戦略の立案に活かすことができます。
4. オンライン・グループインタビュー:深い洞察を得る
オンライン・グループインタビュー(フォーカスグループディスカッション)は、少人数の消費者グループとオンラインで対話を行い、深い洞察を得る手法です。製品コンセプトの評価や消費者ニーズの深掘りに適しています。
オンライン・グループインタビューの実施ステップ:
- 調査目的の設定
- 参加者の選定(6-8名程度)
- ディスカッションガイドの作成
- オンラインプラットフォームの選択(例:Zoom、Google Meet、専用のオンラインFGDツール)
- モデレーターの選定(現地語に堪能な人材)
- インタビューの実施(60-90分程度)
- 結果の分析とレポート作成
効果的なグループインタビューのポイント:
- 参加者が自由に意見を述べられる雰囲気づくり
- オープンエンドな質問を多用し、深い洞察を引き出す
- 視覚的な資料(製品画像、コンセプト資料など)を効果的に活用する
- 参加者同士の議論を促進し、多様な意見を引き出す
- 非言語コミュニケーション(表情、ジェスチャーなど)にも注目する
オンライン・グループインタビューの活用例:
- 新製品コンセプトの評価
- パッケージデザインの選定
- 広告メッセージのテスト
- 消費者の購買決定プロセスの理解
- 競合製品との比較評価
オンライン・グループインタビューの具体例:
食品メーカーAが、ベトナム市場向けの新しい健康飲料のコンセプトを評価する場合を考えてみましょう。
- 調査設計:
- 目的:新健康飲料コンセプトの評価と改善点の抽出
- 参加者:ハノイとホーチミン市在住の25-45歳の男女各8名(計16名)
- 使用ツール:Zoom(ブレイクアウトルーム機能を活用)
- 所要時間:各グループ90分
- 主な議題:
- 現在の健康飲料の使用状況と満足度
- 新コンセプト(天然ハーブと果物を組み合わせた免疫力向上飲料)の評価
- パッケージデザイン案(3種類)の評価
- 価格感度の確認
- 購入意向と購入チャネルの確認
- 視覚的資料:
- 新製品コンセプトボード
- パッケージデザイン案(3種類)の画像
- 競合製品との比較表
- 主な結果と洞察:
- 現状の健康飲料に対する不満:
- 人工的な味が気になる
- 効果を実感しにくい
- 新コンセプトへの反応:
- 天然原料使用に高い関心
- 「免疫力向上」という言葉に対する好反応
- ハーブの種類によっては苦みを懸念
- パッケージデザイン:
- 案2が最も支持されたが、フォントサイズを大きくする要望あり
- 原材料のビジュアルをより目立たせるべきとの意見
- 価格感度:
- 1本あたり25,000-30,000ドン(約120-150円)が適正との意見が多数
- プレミアム感を出すなら35,000ドン(約175円)まで許容可能
- 購入チャネル:
- コンビニエンスストアでの購入希望が最多
- 次いでオンラインショップ、スーパーマーケットの順
- 現状の健康飲料に対する不満:
- 改善提案:
- 天然ハーブの配合比率の調整(苦みの軽減)
- パッケージデザインの微調整(フォントサイズ、原材料ビジュアル)
- 価格設定は30,000ドン前後が妥当
- コンビニエンスストアを主要販路として検討
このようなグループインタビューを通じて、消費者の生の声や深い洞察を得ることができ、製品開発やマーケティング戦略の精緻化に役立てることができます。
5. ウェブトラフィック分析:オンライン行動を把握する
ウェブトラフィック分析は、消費者のオンライン行動を数値化して分析する手法です。自社や競合のウェブサイトへのアクセス状況を把握することで、市場動向や消費者の関心を理解することができます。
主なウェブトラフィック分析ツール:
- Google Analytics
- SimilarWeb
- SEMrush
- Ahrefs
- Alexa
分析可能な主な指標:
- ウェブサイトの訪問者数
- ページビュー数
- 滞在時間
- 直帰率
- トラフィックソース(検索エンジン、SNS、直接アクセスなど)
- 使用デバイス(PC、スマートフォン、タブレット)
- 地域別アクセス状況
ウェブトラフィック分析の活用方法:
- 市場規模の推定
- 主要プレイヤーのウェブサイト訪問者数から市場の大きさを推測
- 消費者の関心トレンド把握
- 検索キーワードの変化や人気ページの分析
- 競合分析
- 競合サイトのトラフィック推移や流入元の比較
- マーケティング施策の効果測定
- キャンペーンページへのアクセス状況分析
- 地域別の需要予測
- アクセス元の地域情報を活用した需要の地理的分布把握
ウェブトラフィック分析のポイント:
- 複数のツールを併用し、データの信頼性を高める
- 時系列での変化に注目し、トレンドを把握する
- 競合他社との相対的な比較を行う
- 現地の検索エンジンやSNSの特性を考慮する
- プライバシー規制に配慮し、個人を特定しない形での分析を行う
ウェブトラフィック分析の具体例:
食品メーカーAが、ベトナムの健康食品市場における自社と競合のオンラインプレゼンスを分析する場合を考えてみましょう。
- 使用ツール:SimilarWeb(競合サイトの分析が可能)
- 分析対象:
- 自社のベトナム向けウェブサイト
- 主要競合3社のウェブサイト
- 現地の大手ECサイト2社の健康食品カテゴリーページ
- 分析期間:過去6ヶ月
- 主な分析結果: a. トラフィック量:
- 競合B社が最も多い月間訪問者数(約100万)
- 自社は4位(月間約30万)
- b. トラフィックソース:
- 自社:有機検索(40%)、直接アクセス(30%)、SNS(20%)
- 競合平均:有機検索(50%)、直接アクセス(25%)、有料検索(15%)
- c. 人気ページ:
- 自社:商品紹介ページ、健康コラム、オンラインショップ
- 競合:オンラインショップ、商品レビュー、キャンペーンページ
- d. 検索キーワード:
- 上位:「vitamin C」「collagen」「immune boost」「natural supplement」
- 急上昇:「probiotics」「organic herbs」「energy drink」
- e. デバイス利用:
- モバイル:75%、PC:20%、タブレット:5%
- f. 地域分布:
- ホーチミン市(35%)、ハノイ(30%)、ダナン(10%)が上位
- 主な洞察:
- SEO強化の必要性(有機検索からのトラフィック増加)
- モバイルファーストの戦略重要性
- 商品レビューページの充実
- プロバイオティクスや有機ハーブ関連製品の需要増加の可能性
- ホーチミン市とハノイを中心としたマーケティング施策の検討
- アクションプラン:
- SEO専門家の採用または外部委託
- モバイルサイトのユーザビリティ改善
- 顧客レビュープログラムの導入
- 新製品ラインナップの検討(プロバイオティクス、有機ハーブ)
- 地域特性を考慮したマーケティングキャンペーンの企画
このように、ウェブトラフィック分析を通じて、市場動向や消費者行動、競合状況などを客観的に把握し、マーケティング戦略の立案や改善に活用することができます。
まとめ:効果的な市場調査のために
これらの5つの手法を組み合わせることで、海外市場に関する多角的な理解を得ることができます。効果的な市場調査を行うためのポイントをまとめます:
- 目的の明確化: 調査の目的を明確にし、必要な情報を特定することで、効率的な調査が可能になります。
- 複数の手法の組み合わせ: 各手法の長所・短所を理解し、相互に補完し合うように組み合わせることで、より信頼性の高い結果を得られます。
- 現地の文化・慣習への配慮: 言語や文化の違いを十分に考慮し、現地の専門家の助言を得ながら調査を進めることが重要です。
- 継続的な情報収集: 市場環境は常に変化しているため、定期的に調査を実施し、最新の情報を入手し続けることが大切です。
- データの可視化と共有: 収集したデータを分かりやすく可視化し、社内で広く共有することで、意思決定の質を高めることができます。
- 専門家の活用: 必要に応じて、現地のリサーチ会社や市場専門家の協力を得ることで、より深い洞察を得ることができます。
海外市場調査の統合的アプローチ:
効果的な海外市場調査は、これらの手法を適切に組み合わせて実施することで実現できます。以下に、統合的なアプローチの例を示します:
- デスクリサーチによる基礎情報の収集
- マクロ環境分析(PEST分析)
- 市場規模・成長率の把握
- 主要プレイヤーの特定
- ウェブトラフィック分析による市場動向の把握
- オンライン上での消費者行動の理解
- 競合他社との比較分析
- ソーシャルリスニングによるトレンドと消費者心理の理解
- 製品カテゴリーに関する消費者の声の収集
- 競合ブランドの評判分析
- オンラインサーベイによる定量データの収集
- 消費者の購買行動や嗜好の定量的把握
- 自社製品・サービスの受容性評価
- オンライン・グループインタビューによる深い洞察の獲得
- 消費者の本音や隠れたニーズの発見
- 製品コンセプトやマーケティング施策の詳細な評価
これらの手法を段階的に、あるいは並行して実施することで、より包括的で信頼性の高い市場理解を得ることができます。また、各手法から得られた情報を相互に検証し、整合性を確認することで、より確実な意思決定が可能となります。
おわりに
海外市場調査は、海外進出の成否を左右する重要なプロセスです。本記事で紹介した5つの手法は、いずれも初心者でも取り組みやすく、かつ有用な情報を得られるものです。これらの手法を適切に組み合わせ、継続的に実施することで、海外市場に関する理解を深め、より戦略的な海外進出計画を立てることができるでしょう。
次回は、「②データで見る:アジア10カ国の市場魅力度比較」として、具体的なデータを用いてアジア主要国の市場を比較分析します。各国の特徴や進出可能性を数値化して評価することで、より客観的な進出先の選定が可能となります。市場調査で得た知見を、どのように具体的な進出先選定に活かすかについても、詳しく解説していく予定です。
海外進出は挑戦的なプロジェクトですが、適切な市場調査と戦略立案により、その成功確率を大きく高めることができます。本シリーズが、皆様の海外進出の一助となれば幸いです。