海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑩「海外子会社の撤退計画まで考慮した事業計画の重要性」 海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑩「海外子会社の撤退計画まで考慮した事業計画の重要性」

海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑩「海外子会社の撤退計画まで考慮した事業計画の重要性」

海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑩「海外子会社の撤退計画まで考慮した事業計画の重要性」

はじめに

「海外進出10ステップ」シリーズの第30回目、ステップ3の最終回へようこそ。前回は、モニタリング体制の構築について詳しく解説しました。今回は、「海外子会社の撤退計画まで考慮した事業計画の重要性」として、事業計画策定時から考慮すべき撤退オプションについて解説します。

1. 撤退計画の必要性

1.1 リスク管理の観点

海外事業からの撤退は、企業経営において極めて重要なリスク管理の課題です。財務リスクとしては、累積損失の拡大、追加投資の限界、為替損失の拡大などが挙げられます。これらのリスクが顕在化した場合、本社財務への影響は深刻なものとなります。一般的に、特別損失として投資額の50-70%が計上され、さらに撤退費用という追加コストも発生します。

また、グループ全体への波及効果として、信用力の低下や格付けへの影響も考慮する必要があります。このような事態を最小限に抑えるためには、早期の意思決定、段階的な撤退プロセス、適切な情報開示が不可欠となります。

1.2 コスト最適化の視点

撤退のタイミングは、最終的なコストに大きな影響を与えます。早期撤退の場合、撤退コストは投資額の30-50%程度に抑えられ、レピュテーションへの影響も比較的小さく、事業の再構築機会も確保できる可能性があります。一方、撤退判断が遅れた場合、コストは投資額の70-100%にまで膨らみ、レピュテーションへの影響も大きくなり、再構築の機会も失われかねません。

最適なタイミングを判断する基準として、累積損失が投資額の30%を超えた場合、投資回収期間が5年を超える見込みとなった場合、市場シェアが目標の50%に満たない場合などが、一般的な指標として用いられています。

2. 撤退基準の設定

2.1 財務基準の設定

撤退を検討する財務基準として、まず損益に関する基準を明確に設定することが重要です。具体的には、営業損失が3期連続している場合、営業利益率が3%を下回る場合、ROICが資本コストを3%以上下回る場合などが、典型的な基準として挙げられます。

資金面での基準としては、3ヶ月先の運転資金不足が予測される場合、追加投資必要額が当初計画の150%を超える場合、実質資本が20%以上のマイナスとなる場合などが、重要な判断基準となります。また、効率性の観点からは、設備稼働率が70%を下回る場合、在庫回転率が年間6回転を下回る場合、人員効率が業界平均を30%以上下回る場合なども、撤退を検討すべき状況として捉えられます。

2.2 非財務基準の設定

財務指標に加えて、市場環境の変化も重要な判断基準となります。例えば、新規参入が年間3社以上続く場合や、価格が年率10%以上下落している場合などは、市場環境の著しい悪化として捉える必要があります。また、規制環境の変化、特に新規制の導入やコスト増加要因となる規制変更なども、重要な判断材料となります。

事業基盤の観点からは、人材確保の困難化が深刻な課題となります。離職率が30%を超える場合や、採用計画の達成率が50%を下回る場合などは、事業継続の重大なリスクとなります。また、技術優位性の喪失、特に競合との格差縮小や新技術対応の遅れなども、撤退を検討すべき状況として捉える必要があります。

2.3 撤退判断のプロセス

撤退判断は段階的なプロセスで進める必要があります。まず警戒段階として3ヶ月程度の期間を設け、モニタリングの強化、原因分析の実施、改善策の検討を行います。この段階では、週次でのレビューを実施し、対策案の立案と本社への報告を徹底することが重要です。

続く検討段階では、さらに3ヶ月程度の期間をかけて、撤退シミュレーション、代替案の検討、コストの試算を行います。この段階では、専門のタスクフォースを組成し、外部専門家の知見も活用しながら、詳細なシナリオ分析を実施します。

最終的な判断段階では、1ヶ月程度の期間で最終評価を実施し、意思決定と実行計画の策定を行います。この段階では、取締役会決議、関係者との協議、開示方針の決定など、具体的な実行に向けた準備を進めます。

3. 撤退コストの試算

3.1 直接コストの算定

人件費関連のコストは、撤退時の最大の負担となることが多いです。従業員補償については、現地法令に基づく退職金として、一般従業員で1-2ヶ月分/年、管理職で2-3ヶ月分/年が基準となります。さらに、解雇予告手当として1-3ヶ月分、特別加算金として基本給の50-100%程度を見込む必要があります。

駐在員関係では、一人当たりの帰任費用として、渡航費に50-100万円、引越費用に100-200万円程度が必要となります。また、給与保障として3-6ヶ月分を見込む必要があります。

設備関連では、固定資産の処分損として、建物は帳簿価額の30-50%、機械設備は10-30%程度の損失を想定する必要があります。特殊設備については、撤去費用が追加で発生します。また、原状回復費用として、工場では坪単価5-10万円、事務所では2-5万円程度を見込む必要があります。

3.2 間接コストの見積もり

取引関係の清算にも相当のコストが発生します。契約解除に関しては、残存契約期間分の補償や設備投資の未回収分の負担が必要となり、さらに契約額の10-30%程度の違約金が発生することも一般的です。

在庫処理も重要な課題です。製品在庫については30-50%の評価損と5-10%の処分費用、原材料については20-40%の転売損に加えて処理単価に応じた廃棄費用が必要となります。これらの費用は、在庫の種類や市場性によって大きく変動する可能性があります。

法務・会計面での専門家費用も無視できません。弁護士費用として1,000-3,000万円、会計士費用として500-1,000万円、税理士費用として300-500万円程度が必要となります。また、行政手続きに関しても、許認可関連で100-300万円、登記関連で50-150万円程度の費用を見込む必要があります。

3.3 隠れコストへの対応

風評対策は見落としがちですが、重要なコスト要素です。PR会社の起用に500-1,000万円、メディア対応に200-500万円、社内広報に100-300万円程度の予算が必要となります。また、ブランドイメージの回復施策、代替製品の供給体制の整備、アフターサービスの継続なども考慮する必要があります。

社内対応にも相当のコストが発生します。管理工数として3-6人月分の人件費、月額100-200万円の出張費、月額30-50万円の通信費などが必要となります。さらに、想定外のコストに備えて総額の20%程度の予備費を確保し、トラブル対応のための別枠予算も準備しておくことが望ましいでしょう。

4. ステークホルダー別の対応計画

4.1 従業員への対応

従業員への説明は最も慎重を要する課題です。説明会の実施にあたっては、入念な準備が必要となります。発表前の準備として、詳細な説明資料の作成、想定問答の準備、通訳の手配などを行います。実施手順としては、まず発表2日前に管理職への説明を行い、発表当日に従業員全体への説明を実施し、その後1週間かけて個別面談を行うという流れが一般的です。

支援措置も重要です。再就職支援として、斡旋会社の起用、職業訓練の提供、紹介先の確保などを行います。また、専門家を配置した相談窓口の設置、ホットラインの開設、定期的な状況確認など、きめ細かなフォローアップ体制を整備することが求められます。

4.2 取引先への対応

取引先への対応は、その重要度に応じて段階的に進める必要があります。重要取引先に対しては、発表の2週間前から個別に説明を行い、代替供給先の紹介や取引条件の協議を丁寧に進めていきます。発表1週間前には詳細協議を行い、発表後もきめ細かなフォローアップを継続します。

一般取引先に対しては、文書による通知を基本としつつ、問い合わせ窓口を設置して丁寧な対応を心がけます。取引の縮小は段階的に進め、取引先の事業への影響を最小限に抑える配慮が必要です。特に、長期的な取引関係にある企業に対しては、代替取引先の紹介など、追加的な支援を検討することも重要です。

5. 撤退実行計画の策定

5.1 タイムラインの設定

撤退の実行は、明確なタイムラインに基づいて進める必要があります。標準的なスケジュールとして、まず3ヶ月の準備期間を設け、社内検討、専門家の起用、予備調査などを行います。続く1ヶ月の発表前期間では、関係者への説明、資料作成、手続きの準備を進めます。

発表後は6ヶ月程度の期間をかけて、従業員対応、取引先対応、法的手続きなどを順次進めていきます。最後に3ヶ月の清算期間を設け、資産処分、債権回収、最終清算を行います。このように、標準的には合計13ヶ月程度の期間が必要となります。

5.2 実行体制の構築

実行体制は本社側と現地側の両方で整備する必要があります。本社側では、役員クラスを責任者とする5-10名規模の統括チームを編成し、意思決定全般を担当させます。また、実務チームとして、人事3-5名、財務3-5名、法務2-3名程度の専門スタッフを配置します。

現地側では、現地CEOを責任者とする10-15名規模の実行チームを編成し、6-12ヶ月の期間で撤退業務にあたらせます。さらに、人事実務3-5名、経理実務3-5名、総務実務2-3名からなる支援チームを設置し、実務面での対応を担当させます。

6. 業種別の撤退特性

6.1 製造業の撤退特性

製造業の撤退では、設備の処分が最大の課題となります。大型設備については、現地企業への譲渡、他地域への移設、スクラップ処分といった選択肢があり、それぞれのコストを慎重に比較検討する必要があります。売却損として帳簿価額の50-70%、移設費用として新規設置コストの30-50%、処分費用として撤去費用を含め1億円以上といったコストが発生します。

専用設備については、取引先への譲渡、技術供与付きでの売却、完全廃棄といった選択肢を検討します。この際、技術流出リスク、環境規制対応、原状回復義務などに十分な注意を払う必要があります。また、品質保証への対応も重要で、保証期間中の製品については、代替供給体制の構築、修理体制の維持、部品供給計画の策定などが必要となります。

6.2 サービス業の撤退特性

サービス業の撤退では、契約処理が最も重要な課題となります。顧客契約については、3-6ヶ月前の事前告知、代替サービスの案内、違約金の支払いなど、慎重な対応が必要です。補償コストとして、前払い金の全額返還、月額料金の10-30%程度の解約違約金などが発生するケースが一般的です。

システム契約の処理も重要な課題です。データ移行支援、システムの切り離し、セキュリティ対応などが必要となり、移行支援に3-6ヶ月分の工数、システム作業に500-1,000万円程度のコストが発生します。特に、顧客データの取り扱いについては、現地の個人情報保護法制に則った慎重な対応が求められます。

6.3 小売業の撤退特性

小売業の撤退では、在庫処理と店舗契約の解約が主要な課題となります。在庫処理については、30%から始めて50%、70%と段階的な値引きを実施し、他店舗への転送や最終処分セールなどを組み合わせて進めます。このプロセスで、値引き損として原価の40-60%、物流費として売上の5-10%程度のコストが発生します。

店舗契約の解約では、残存期間の30-50%相当の違約金、原状回復義務の履行、敷金返還条件の交渉などが必要となります。追加コストとして、工事費が坪5-10万円、違約金が年間賃料の30%程度発生するのが一般的です。特に、商業施設内の店舗については、他テナントへの影響も考慮した慎重な撤退計画が必要となります。

7. 地域別の撤退特性

7.1 アジア地域での撤退

アジア地域では、労務対応が最も重要な課題となります。中国の場合、「N+1」を基本とした補償に加えて、経済補償金の上乗せ、労働組合との協議が必須となります。実務上は、集団抗議のリスク、SNSでの情報拡散対策、当局との慎重な調整なども重要な考慮事項となります。

ASEAN地域では、国によって特徴が異なります。タイでは手厚い補償が求められ、ベトナムでは労働組合との交渉が重視され、インドネシアでは宗教的な配慮が必要となります。コストとしては、基本補償として1-2年分、追加補償として基本給の50-100%程度を見込む必要があります。

7.2 欧米地域での撤退

欧米地域では、法的対応の重要性が特に高くなります。米国では、WARN Act(労働者調整・再訓練予告法)への対応が必須で、60日前の通知義務があり、違反した場合は重い賠償責任が発生します。また、弁護士費用として時間単価500-1,000ドル、訴訟対応費用として10万ドル以上、社会保険の6ヶ月分の継続負担なども必要となります。

欧州では、労働法制が特に厳格で、解雇制限が厳しく、社会計画の策定や労働組合との協議が必須となります。手続きの完了までに、通知から6-12ヶ月、補償交渉に2-3ヶ月、行政手続きに1-2ヶ月程度の期間を要するのが一般的です。

8. 具体的な撤退事例分析

8.1 製造業A社の成功事例

中国華東地域で自動車部品を製造していたA社の事例は、撤退の成功例として参考になります。従業員300名、投資額50億円の規模でしたが、需要の40%減少、価格の30%下落、3期連続の赤字という状況に直面し、撤退を決断しました。

成功の要因として、まず撤退基準の明確化と定期的なモニタリングによる早期判断が挙げられます。また、1年間の移行期間を設定し、生産の縮小と人員削減を段階的に実施したこと、従業員への丁寧な説明と再就職支援の実施、地域への配慮といった点も重要でした。結果として、当初想定30億円の撤退コストを25億円に抑制することに成功しています。

8.2 サービス業B社の失敗事例

一方、東南アジアでのIT支援サービス事業からの撤退を試みたB社の事例は、貴重な教訓を提供しています。従業員50名、投資額10億円の事業でしたが、5期連続の赤字にもかかわらず判断が遅れ、15億円の追加投資を行ったうえ、新規投資の機会も失うという事態に陥りました。

失敗の主な要因として、法務確認の不十分さ、契約見直しの遅延、当局対応の不備が挙げられます。また、従業員への説明不足、顧客フォローの不足、メディア対応の失敗なども重なり、想定15億円の撤退コストが最終的に30億円まで膨らみ、さらにレピュテーションの低下という追加的な損失も発生しました。

まとめ:撤退計画策定の重要ポイント

海外子会社からの撤退を成功させるためには、以下の点が特に重要となります:

  • 早期の撤退基準設定と定期的なモニタリング
  • 現実的なコスト試算と十分な予備費の確保
  • 包括的なステークホルダー対応計画の策定
  • 詳細な実行計画の準備と適切な実行体制の構築

次回予告:ステップ4. 資金調達①「海外進出に特化した政府系金融機関の融資制度総まとめ」

次回からは、海外進出に必要な資金調達について解説します。JBICの融資制度、DBJの支援メニュー、商工中金の特別融資、日本公庫の制度融資、信用保証協会の保証制度など、政府系金融機関による海外進出支援制度について、詳しく解説する予定です。

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