海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑦「柔軟性を持たせた事業計画の作り方:シナリオプランニング入門」 海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑦「柔軟性を持たせた事業計画の作り方:シナリオプランニング入門」

海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑦「柔軟性を持たせた事業計画の作り方:シナリオプランニング入門」

海外進出10ステップ:ステップ3事業計画の策定 ⑦「柔軟性を持たせた事業計画の作り方:シナリオプランニング入門」

はじめに

「海外進出10ステップ」シリーズの第27回目、ステップ3の第7回目へようこそ。前回は、事業計画における過大評価の問題について詳しく解説しました。今回は、不確実性の高い海外市場に対応するための実践的な計画策定手法として、シナリオプランニングについて解説します。

1. シナリオプランニングの基本的考え方

1.1 シナリオ設定の重要性

従来型の単一予測型計画とシナリオ型計画には大きな違いがあります。単一予測型では、前提条件を固定し、一つの未来像のみを想定するため、状況が変化した際の修正が困難です。一方、シナリオ型では複数の可能性を検討し、柔軟な対応計画を立て、早期警戒指標を設定することで、より効果的な対応が可能となります。

このアプローチには、想定外の事態を最小化できる、対応策を事前に準備できる、組織の対応力が向上するといった明確なメリットがあります。不確実性の高い海外市場では、このような柔軟な計画立案が特に重要となります。

1.2 基本シナリオの構成

標準的なシナリオプランニングでは、三つのシナリオを設定します。まず、確率50%の基本シナリオでは、現状トレンドの延長線上にある未来を想定し、既知の変化要因を織り込み、一般的な予測を反映させます。

次に、確率25%の楽観シナリオでは、追い風要因の顕在化、プラス要因の連鎖、新規機会の出現といった好条件が重なるケースを想定します。一方、同じく確率25%の悲観シナリオでは、リスク要因の顕在化、マイナス要因の連鎖、構造的な環境悪化といった厳しい状況を想定します。

2. シナリオ策定の具体的手順

2.1 重要変数の特定

外部環境要因として、まずマクロ環境変数を考慮する必要があります。政治的要因としては、政権交代の可能性、規制環境の変化、国際関係の変化などが重要です。経済的要因では、GDP成長率、為替変動、金利動向などが挙げられます。社会的要因としては、人口動態、消費者行動、価値観の変化を考慮し、技術的要因では技術革新のスピード、代替技術の出現、デジタル化の進展などを分析します。

これらの要因は、影響度(大・中・小)、不確実性(高・中・低)、変化スピード(速・中・遅)という基準で評価します。さらに、業界特有の変数として、競争環境要因も重要です。競合動向(新規参入頻度、価格競争度合い、技術革新サイクル)、顧客動向(需要変動幅、嗜好変化、価格感応度)、サプライチェーン(原材料価格変動、供給安定性、物流コスト変動)などを分析し、影響度と不確実性を掛け合わせたスコアリングにより重要度を評価します。

2.2 シナリオ構築プロセス

シナリオ構築は段階的に進めていきます。まず基本シナリオの設定では、主要指標を明確に定義します。市場関連指標として、市場成長率(年5%)、価格動向(横ばい)、競合シェア(現状維持)などを設定します。自社関連指標としては、売上成長率(年8%)、営業利益率(10%)、投資回収期間(5年)を想定し、コスト関連指標では原材料費(現状+3%)、人件費(年+5%)、販管費率(18%)といった具体的な数値を設定します。

次に変動要因の分析を行います。プラス要因として、市場拡大要因(規制緩和による市場20%増、所得増加による需要15%増、技術革新による新規用途拡大)や収益改善要因(原価低減による利益率2ポイント改善、生産性向上による人件費10%削減、為替プラスによる収益5%改善)を検討します。一方、マイナス要因としては、市場縮小要因(規制強化による市場15%減、景気後退による需要20%減、代替品台頭による既存市場30%減)や収益悪化要因(原材料高騰による原価率5ポイント上昇、人件費年10%上昇、価格競争による売価15%下落)を想定します。

これらを踏まえ、具体的なシナリオを展開していきます。楽観シナリオでは、規制緩和の実現、競合の撤退、技術革新の成功といったトリガーイベントを想定し、売上が基本計画比30%増、利益率が5ポイント改善、市場シェアが10ポイント上昇するケースを描きます。この場合、生産能力増強に30億円、研究開発強化に10億円、人材採用50名といった追加投資が必要となります。

一方、悲観シナリオでは、規制強化、新規参入増加、景気後退といったトリガーイベントにより、売上が基本計画比40%減、利益率が8ポイント悪化、市場シェアが15ポイント低下するケースを想定します。この場合の対応策として、投資の30%削減、固定費の20%削減、撤退基準の設定などを準備します。

3. 業界別のシナリオ例

3.1 製造業のケース

電機メーカーのケースを例に具体的なシナリオを見ていきましょう。基本シナリオでは、市場成長率年5%、売上高1,000億円、営業利益率8%、設備投資100億円を想定します。楽観シナリオでは、EV化の加速、デジタル投資の増加、環境規制強化といった要因により、売上高1,300億円、営業利益率12%、追加投資50億円という数値を見込みます。悲観シナリオでは、景気後退、価格競争激化、部材調達難といった要因により、売上高700億円、営業利益率3%となり、投資を40億円抑制するという想定を置きます。

3.2 サービス業のケース

ITサービス企業の例では、基本シナリオとして市場成長率年10%、契約社数1,000社、年間単価500万円、営業利益率15%を想定します。楽観シナリオでは、DX投資拡大、規制対応需要増、人材確保成功といった要因により、契約社数1,500社、年間単価600万円、営業利益率20%を見込みます。悲観シナリオでは、IT投資抑制、価格競争激化、人材流出により、契約社数600社、年間単価400万円、営業利益率5%まで低下するケースを想定します。

4. シナリオ別の対応戦略

4.1 早期警戒指標の設定

効果的なシナリオ運用のためには、適切な早期警戒指標の設定が不可欠です。マクロ指標としては、GDP成長率、為替レート、業界景況感などを監視します。具体的な基準値として、GDPは前年比マイナス2%以上の変動、為替は±10%以上の変動、景況感は基準値から20%以上の低下といった水準を設定します。

ミクロ指標としては、受注動向、競合動向、原材料価格などを注視します。それぞれの基準値として、受注は計画比15%以上の下振れ、競合は価格10%以上の下落、原材料はコスト15%以上の上昇といった具体的な数値を設定し、定期的なモニタリングを行います。

4.2 シナリオ別アクションプラン

楽観シナリオの発動条件としては、3四半期連続での計画超過、主要指標の基準値超え、市場環境の明確な改善などを設定します。この条件が満たされた場合のアクションプランとして、設備投資30%増額、人材採用50名追加、R&D予算倍増といった積極的な投資拡大策を準備します。

一方、悲観シナリオの発動条件は、2四半期連続での計画未達、主要指標の基準値割れ、市場環境の明確な悪化などとします。この場合のアクションプランとしては、まず防衛的措置として投資凍結、人件費抑制、経費20%削減を実施。さらに必要に応じて、事業ポートフォリオの見直し、生産体制の再編、組織のスリム化といった構造改革も検討します。

5. シナリオ運用の実務ポイント

5.1 定期的な見直しサイクル

シナリオプランニングの効果を最大限に引き出すためには、定期的な見直しが重要です。月次では指標のモニタリング、四半期ではシナリオの確認、半期では計画の見直しというサイクルを確立します。

見直しのポイントとしては、まずマクロ環境、競争環境、技術動向といった前提条件の変化を確認します。続いて、シナリオの確率の再評価、数値計画の修正、対応策の見直しなど、シナリオ自体の妥当性を検証します。これらの作業を通じて、環境変化に応じた柔軟な計画の修正が可能となります。

5.2 組織的な運用体制

効果的なシナリオ運用のためには、適切な組織体制の構築が不可欠です。責任体制としては、全社統括を経営企画が担い、各事業部門が部門別の責任を、現地法人が地域別の責任を負うという明確な役割分担を行います。

報告・協議の仕組みとしては、定例会議の設定、緊急報告基準の策定、意思決定プロセスの明確化を行います。また、モニタリング結果、対応策の進捗、成功・失敗事例といった情報の共有を徹底することで、組織全体での効果的な運用を実現します。

6. 地域別のシナリオ分析

6.1 アジア市場のシナリオ

中国市場においては、政策要因として産業政策の変更、環境規制の強化、外資規制の変更などが重要な変数となります。また市場要因として、消費力の変化、競争環境の変化、技術革新のスピードなども注視する必要があります。

製造業を例にとると、基本シナリオでは市場成長率年8%、現地シェア15%、営業利益率10%を想定します。楽観シナリオでは、規制緩和による参入機会拡大、中間層の急速な拡大、現地企業との協業成功により、市場成長率年12%、現地シェア25%、営業利益率15%を見込みます。悲観シナリオでは、現地企業優遇政策の強化、景気減速による需要減、技術流出リスクの顕在化により、市場成長率年3%、現地シェア8%、営業利益率3%まで低下するケースを想定します。

ASEAN市場においては、経済統合(域内関税の撤廃、規格統一の進展、人材流動性の変化)とインフラ整備(物流網の整備、電力供給の安定性、通信環境の改善)が重要な変数となります。

消費財企業のケースでは、基本シナリオとして市場規模1,000億円、域内シェア10%、物流コスト比率15%を想定します。楽観シナリオでは、経済統合の加速、中間層の急増、インフラ整備の進展により、市場規模1,500億円、域内シェア15%、物流コスト比率10%を見込みます。一方、悲観シナリオでは、保護主義の台頭、政情不安の発生、インフラ整備の遅延により、市場規模700億円、域内シェア7%、物流コスト比率20%というケースを想定します。

6.2 欧米市場のシナリオ

北米市場では、規制環境(環境規制の動向、安全基準の変更、データ保護規制)と技術動向(デジタル化の進展、新技術の採用速度、競合の技術開発)が重要な変数となります。

IT産業を例にとると、基本シナリオでは市場規模5,000億円、デジタルシフト率60%、R&D投資比率8%を想定します。楽観シナリオでは、デジタル投資の加速、規制緩和の実現、技術革新の成功により、市場規模7,000億円、デジタルシフト率80%、R&D投資比率12%を見込みます。悲観シナリオでは、投資抑制の長期化、規制強化の影響、技術開発の遅延により、市場規模3,000億円、デジタルシフト率40%、R&D投資比率5%まで低下するケースを想定します。

7. リスク対応シナリオ

7.1 政治リスク対応

政治リスクとしては、規制強化、税制改正、外資規制といった突発的な政策変更を想定する必要があります。基本対応として、現地政府との関係構築、業界団体との連携、情報収集体制の整備を進めます。緊急対応としては、生産拠点の分散、代替供給ルートの確保、撤退基準の設定を準備します。

これらの対応には、政府渉外費として年間5,000万円、情報収集費として年間3,000万円、BCP対策費として1億円といった投資が必要となります。

7.2 経済リスク対応

経済リスクとしては、為替変動、金利上昇、インフレ加速といったマクロ経済変動を想定します。基本対応として、為替ヘッジ比率70%、現地調達比率60%、価格転嫁ルールの確立などを実施。緊急対応としては、投資計画の見直し、コスト構造の改革、財務体質の強化を準備します。

これらの対策には、ヘッジコストとして売上の1%、調達先開発に2億円、システム投資に1億円といった費用が発生します。

8. 実務ツール・テンプレート

8.1 シナリオ分析ワークシート

基本情報シートでは、まず重要変数の特定として政治的要因、経済的要因、社会的要因、技術的要因の評価を行います。次にインパクト評価として、売上、利益、投資計画への影響度を分析します。そして対応策の検討として、予防的対策の立案、事後的対策の準備、必要投資の算定を行います。

8.2 モニタリングツール

定期チェック項目として、環境変化の確認(マクロ指標の動向、業界動向の変化、競合動向の変化)、自社への影響(売上計画との乖離、利益計画との乖離、投資計画との乖離)、対応策の実行状況(予防策の進捗、緊急対応の準備状況、投資の実行状況)を設定し、定期的なモニタリングを実施します。

まとめ:シナリオプランニングの成功ポイント

シナリオプランニングを成功させるためのポイントは、現実的な複数シナリオの設定、具体的な対応策の準備、早期警戒指標の明確化、定期的な見直しの実施、そして組織的な運用体制の構築にあります。これらの要素を適切に組み合わせることで、不確実性の高い海外市場においても柔軟かつ効果的な事業展開が可能となります。

次回予告:ステップ3 事業計画の策定⑧「投資家を納得させる海外進出事業計画のプレゼン技法」

次回は、事業計画を効果的に説明するプレゼンテーション手法について解説します。投資家の視点と関心事、説得力のある資料作成方法、効果的なプレゼン構成、想定Q&Aの準備、数値の効果的な示し方、成功事例の活用方法など、投資家からの理解と支持を得るための効果的なプレゼンテーション手法について、具体的に解説していく予定です。

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