1. はじめに
海外に法人を設立する際には、誰を取締役(董事)として登記し、どのような役員構成を採用するかが重要な論点となります。特に日本本社から出向する外国人を取締役として任命したい場合、国や地域によって外国人取締役の受容度やビザ・在留許可の要件、登記上の規制などが大きく異なるのが現実です。もしこの点を十分リサーチせずに突き進めば、実際に登記しようとして「外国人は取締役になれない」または「追加の書類や条件が必要で想定以上の時間がかかる」といった問題に直面し、事業開始が大幅に遅れるリスクが高まります。
本稿では、「海外進出10ステップ」のステップ6「法人設立と各種登録」の第6回として「外国人董事(取締役)の任命:国別の規制と対策」を取り上げます。まず、外国人を取締役として就任させる場合に典型的に遭遇する規制やハードルを整理し、主な国や地域の事例を簡単に概観します。次に、どのような書類やビザ手続きが必要なのか、任命後の在留資格はどうなるか、役員責任は日本人と同様かなど、考慮すべきポイントを具体的に提示します。さらに、こうした準備やマネジメントを後回しにしないために、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」というフレームワークを活用する方法についても言及します。日々の業務(第一領域)に忙殺されず、経営トップや幹部が計画的に海外取締役選任プロセスを管理することで、想定外の遅延リスクを最小化できるわけです。
次回(ステップ6法人設立と各種登録 ⑦「法人設立後の各種登録:税務・労務・知的財産のポイント」)では、設立後に必要となる諸登録手続き(税務、労務、商標登録など)をまとめて解説する予定ですので、本稿と合わせて確認いただくことで、海外法人登記から役員構成、初期登録までのプロセス全体像が見えてくるはずです。
2. なぜ外国人取締役の任命が課題になるのか
日本企業が海外に子会社を設立する場合、現地での責任者や経営の指揮を執るのは、必ずしも現地人材に限りません。日本本社から派遣した社員や役員が取締役として名を連ね、現場を統括する形が多々あります。しかし、そうした外国人取締役の任命にあたっては、以下のような問題や課題が生じやすいのです。
- 国ごとの法的規定
例えば、“取締役の過半数は現地国籍である必要がある”と定める国や、特定業種において“外国人は役員になれない”といった制限が存在する場合があります。これを見落としていると登記申請が却下されるリスクが高まります。 - ビザ・在留許可の問題
取締役として実際に現地で活動するためには、労働ビザや就労許可が必要になる国が大半です。観光ビザや短期出張ビザでは取締役業務を行えないことが多く、法的リスクを伴う可能性があります。申請手続きに時間がかかり、設立スケジュールに影響が出るケースも珍しくありません。 - 責任や署名権限の範囲
取締役として法的責任を負う度合いは国によって大きく異なることがあり、たとえば財務報告の不備やコンプライアンス違反に対して外国人取締役が直接罰則を受けるリスクがある国もあります。会社法や商法を理解しないまま就任すると、想定外の責任を背負う危険があるのです。 - 文化・言語面のギャップ
現地語でのコミュニケーションが必須の場面(官庁への報告など)で外国人取締役がどこまで責任者として対応できるかも考慮が必要です。結局はローカルの取締役を形式的に置き、本社派遣者は名義だけ、実務はローカルに任せる形が増えるのも現実ですが、その場合にも法的リスクや内部統制が不透明になる懸念が生じます。
こうした問題に直面して“予想外に手間や費用が増えた”“登記が後ろ倒しになって事業が開始できない”という失敗例が後を絶ちません。これを回避するために、国ごとの規制と実務を事前に把握し、必要書類や対策を整えておくことが不可欠です。
3. 国別の外国人取締役に関する規制例
国や地域によって外国人董事(取締役)の制限や要件は千差万別です。ここではあくまで代表的な例を簡単に概観します(詳細は業種・地域・最新法改正によって変わる可能性があるため、実際には専門家の確認が必要)。
3.1 中国
中国では、外商投資企業(WFOE)の取締役会構成に外国人を加えることは一般的に認められています。ただし、業種や外資規制によって取締役会の構成人数や董事長の国籍を制約する例があるほか、実際に現地で指揮を執るにはZビザや就労許可などの在留資格を取得しなければならず、手続きが煩雑になる場合もあります。取締役が複数いる場合に議決権の過半数を中国人とする要求はない一方、業種別規制(電信や出版など)で事実上の制限が課される可能性がある点に要注意です。
3.2 インドネシア
インドネシアではPT PMA(外資系会社)の取締役に外国人を任命すること自体は可能ですが、やはり業種規制や投資調整庁(BKPM)の投資許可要件が絡みます。さらに、外国人取締役が現地に常駐するなら、労働ビザ(KITASなど)の取得が必須となり、給与や税務処理が発生します。企業によっては形式的にローカル取締役をメインに置き、外国人はコンサルタント的立場に回すケースも見受けられますが、いずれにせよ事前の確認が必要です。
3.3 シンガポール
シンガポールでは、会社法で取締役を少なくとも1人は居住者(シンガポール国籍または就労ビザ所持者)とすることが義務付けられています。完全外資企業でも外国人が取締役を兼任するケースは多いですが、最低1名はシンガポール居住の取締役が必要という点が注意事項です。Employment Pass(就労許可)やEntrePassなどを取得すれば外国人が取締役兼社長として活動できますが、要件や審査があり、事前に計画的に進める必要があります。
3.4 ベトナム
ベトナムでは外国人が取締役になること自体は認められていますが、外資企業の設立時に投資ライセンスや事業登録証明書を取得する段階で外国人代表者が正式に登記される場合、一定の書類や在留許可を要します。ローカルに対して特別な制限は少ないものの、業種や投資計画によって認可プロセスが複雑化することがあるため、事前に専門コンサルと協議して手続きを整理するのが一般的です。
3.5 香港
香港は外資規制が非常に緩く、取締役が外国人であることにほぼ制限はありません。ただし、最低1名の香港人や香港在住者をカンパニーセクレタリーとして任命する必要があり、取締役全員が非居住外国人の場合はそれが別途必要となる場合があります。実質的には外国人1名のみで会社を作ることも可能ですが、在留資格や実際の居住要件は別途検討する必要があります。
3.6 イギリス
イギリスでは、Private Limited Company(Ltd)やPublic Limited Company(PLC)を設立する際、取締役の国籍制限はありません。一人取締役も認められます。ただし、イギリス在住者を取締役に加える法的義務は基本的にないものの、会社事務所の住所やTax Residenceとの絡みで実務上考慮が必要になるケースもあります。
4. 外国人取締役を任命する際の注意点
国による違いが大きいものの、外国人取締役を任命する際には下記のような点に共通して気を付ける必要があります。
4.1 ビザ・就労許可の確保
実際に現地で取締役業務を行うのであれば、その国が定める労働ビザや就労許可を取得しなければならないことがほとんどです。観光ビザや短期滞在ビザで取締役名義になり、業務を行うと違法となる恐れがあるため、早めに必要書類と手続きを確認する必要があります。
4.2 取締役責任範囲と保険
各国の会社法で定められる取締役責任(債務責任、法令違反に対する処罰など)を理解しておくことが大切です。場合によっては取締役賠償責任保険(D&O保険)を検討し、海外で万が一の不祥事や訴訟が起きた場合でも個人財産が守られるよう備えることが推奨されます。
4.3 管理職ビザの取得条件
外国人取締役が実質的な管理業務をする際、そのポジションや給与水準、学歴や職歴がビザ取得要件を満たすか確認が必要です。国によっては「一定額以上の月収」を保証できなければ就労ビザを発行しないというルールがあり、取締役の報酬設定をどうするかが問題となるケースがあります。
4.4 社内の体制とローカルとの役割分担
全取締役を外国人にすることに法的制限がないとしても、実際の業務には現地語やローカルネットワークが欠かせません。ローカル取締役を置くか、少なくともキーパーソンとしてローカルマネージャーを配置するなど、実務を円滑に回す仕組みを検討しなければ、外国人役員だけでは行政対応や顧客折衝が難しい場合が多いです。
4.5 “第二領域経営®”で上層部の決定を加速
外国人取締役の任命に関しては、ビザ申請や資格審査、社内ガバナンス調整など、多岐にわたる検討が必要であり、“今すぐ売上を伸ばす”仕事ではありません。ここで One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」を導入すれば、経営トップが“火消し”で呼び戻されない形で週や月の“第二領域会議”を行い、この問題を最優先議題とすることで、法的リサーチやコンサルとの連携をスムーズに計画的に進められます。
5. “第二領域経営®”を活かした外国人取締役任命の進め方
5.1 定例会議での優先テーマ化
海外子会社の設立において外国人取締役を任命する方針を決めたら、早い段階で“第二領域会議”のアジェンダに入れます。そこでビザ要件や在留資格の調査、登記上の国籍要件などを担当チームが報告し、トップや幹部が計画や予算を承認していく形です。もし第一領域(売上対応など)が混在すると、いつまでも書類準備や審査申請が後回しになる危険があります。
5.2 マニュアル化・権限委譲によるトップの時間創出
経営トップが顧客トラブルなどに追われると、ビザ申請の押印や取締役登記書類の確認が遅れがちです。ここで会社運営の日常業務をマニュアル化し、現場リーダーに権限委譲する体制を作ることで、トップが“第二領域会議”に専念できる時間を確保します。こうすることで、外国人取締役任命に必要なステップ(就労ビザ手続き、役員構成の議決、投資委員会との協議など)を計画通り進めやすくなります。
5.3 PDCAで手続きの遅延を最小化
外国人取締役の任命には、国ごとの複雑なプロセスや追加書類が絡むため、想定外の要求が出るリスクがあります。これをPDCAサイクルで管理し、週や月の“第二領域会議”で担当者が「今どこで詰まっているか」を報告し、トップが追加リソースの投入やコンサルティング契約を判断する形をとれば、遅延が発生しても迅速に対策を講じやすいでしょう。
6. 次回予告:ステップ6法人設立と各種登録 ⑦「法人設立後の各種登録:税務・労務・知的財産のポイント」
今回のステップ6の第6回「外国人董事(取締役)の任命:国別の規制と対策」では、海外子会社の役員構成をどうするか、とりわけ本社から外国人を取締役として派遣する際に考慮すべき法的要件やビザ問題、ローカルとの役割分担などを概観しました。国によっては外資系企業の取締役に外国人を含めるのが難しい、あるいは在留資格の取得が大きなハードルとなる場合があり、見落とすと事業開始が遅れかねません。
次回(ステップ6の第7回)「法人設立後の各種登録:税務・労務・知的財産のポイント」では、無事に法人を登記した後に必要となる各種登録手続き(税務登録、社会保険、商標・特許などの知的財産権手続き)を解説する予定です。設立しただけで終わりではなく、実際に事業を始めるまでにこなすべきステップが多々あるため、今回の役員構成の話題とあわせてご確認いただくことで、海外法人を円滑に運営開始へ導く具体的な行動指針が得られるはずです。
7. まとめ
海外法人設立において「誰が取締役に就任するか」は、企業のガバナンスやビザ・労働許可、国別規制など多くの要素が絡むため、意外な落とし穴が多い課題です。特に日本から外国人(日本人)を董事(取締役)として任命しようとする場合、国によっては外資比率や在留資格の制限、一定数のローカル取締役を置く義務などが存在する可能性があります。また、取締役自身が該当国で働く場合には就労ビザが必須となり、その取得に時間がかかるため、早めに段取りを組むことが重要です。
こうしたプロセスが後回しになりがちな理由は、日常の売上確保や顧客対応など“緊急かつ重要”な業務に忙殺され、長期的視点での登記や役員選任をじっくり考える余裕がないからと言えます。そこでOne Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」を用いて、経営トップや幹部が週・月の定例会議(第二領域会議)を設定し、そこでは第一領域を扱わず役員構成やビザ問題に集中する体制を作れば、計画的かつ効率的に準備を進められるわけです。さらにマニュアル化と権限委譲でトップを“火消し”対応から解放し、設立プロジェクトにリソースを投入できるようにすれば、登記手続きでの想定外の遅延を最小化できます。
次回(ステップ6法人設立と各種登録 ⑦「法人設立後の各種登録:税務・労務・知的財産のポイント」)では、取締役の任命も完了し、無事に登記を完了させた後で必要となる税務・労務・知的財産などの各種登録手続きや周辺タスクをまとめて解説しますので、海外法人の運営を円滑にスタートさせるためにぜひあわせて確認いただければと思います。