1. はじめに
海外進出時には、現地パートナーの選定が成功のカギを握るという点は、これまでのシリーズ記事(ステップ5現地パートナーの選定①~⑤)でも繰り返し触れてきました。理想的なパートナーを見つけるためのチェックリストや業界別の評価基準、契約書作成、文化的なギャップを埋めるコミュニケーション手法など、様々な観点をカバーしましたが、それでも「一見良さそうに見える企業が、実は大きなリスクを抱えていた」「口約束ばかりで経営実態が不透明だった」という失敗例は決して少なくありません。
そこで、最終的な判断を下す前に必須となるのが、デューデリジェンス(Due Diligence)という徹底的な調査活動です。デューデリジェンスとは本来、M&A(合併・買収)や投資で相手企業の正確な価値やリスクを把握するために行われる手法として知られていますが、海外進出においてもパートナー企業の実態を知る目的で広く活用できます。財務状況や契約履行能力、法令順守、ビジネス慣習、潜在リスクなどを総合的にチェックし、「本当にこのパートナーと組んでも大丈夫か」を冷静に判断するためのプロセスです。
本稿では、海外進出10ステップのステップ5(現地パートナーの選定)の第6回として、デューデリジェンスの重要性と具体的な進め方を解説します。次回のステップ5現地パートナーの選定 ⑦「現地パートナーとの利益分配:公平で持続可能なモデルの構築」では、協業がスタートしてから長期にわたりWin-Winを保つための利益配分スキームについて触れる予定ですので、パートナー選定から運用に至るまでの一連の流れを俯瞰したい方はぜひあわせてご確認いただきたいと思います。
2. デューデリジェンスが必要となる背景
海外進出において、パートナー企業を見極めるためのチェックリストや文化的コミュニケーションの考慮を行っても、相手の内情を深く把握しきれない場合が多々あります。例えば、相手が豪語するネットワークや技術力が実際にどの程度の水準なのか、帳簿や財務諸表は正確に作られているのか、重要な経営幹部に不祥事歴がないかなどは、表面的な打ち合わせや工場見学だけでは分からないことが少なくありません。もし企業の隠れた負債や法的トラブルが後から発覚すれば、契約後に大きな損害を被るリスクがあります。
また、多くの国ではビジネス慣行や会計基準が日本と異なり、賄賂や粉飾、偽装、あるいは不正な取引が常態化している可能性も否定できません。こうした状況を放置すると、後にコンプライアンス違反として日本企業の評判まで傷つける事態に陥ります。それゆえ、単なる面談や契約書の交換だけではなく、デューデリジェンスを通じて相手企業の“本当の姿”を徹底的に調べることが不可欠になるわけです。これは資本提携やM&Aだけに限らず、代理店契約や合弁会社設立など多様な形態でのパートナーシップでも同様に重要だと言えます。
3. デューデリジェンスの目的と範囲
デューデリジェンスの主な目的は、「パートナー企業が提示している情報に偽りや誇張がないか」「リスク要因や将来的な不利益が潜んでいないか」を多角的に検証することです。そのため、大きく分けて以下の領域を調査対象とすることが一般的です。
- 財務デューデリジェンス
資金繰りや収益性、債務超過の有無、キャッシュフロー状況などを確認。貸借対照表や損益計算書、キャッシュフロー計算書の整合性を調べるとともに、節税や不正会計のリスクを判定します。海外では公認会計士や弁護士を活用し、現地基準と日本基準の差分も考慮しながら、相手の経営の健全性を見極めることが大事です。 - 法務・契約デューデリジェンス
どのような契約を既に結んでいるか、訴訟や係争中の案件はないか、社内のコンプライアンス体制はどうなっているかを確認します。ライセンスや特許など知的財産権の権利関係にも着目し、相手企業が正当な許可を得て事業を運営しているかをチェックする必要があります。海外では日本と異なる商標・特許制度があり、注意を怠ると模倣品が横行するリスクなどが潜在しているかもしれません。 - 経営・オペレーションデューデリジェンス
組織体制や人事制度、業務プロセスの標準化度合い、品質管理やサプライチェーンマネジメントの実態などを調べます。工場や店舗、オフィスを実際に視察し、マニュアルの整備状況やリーダー層のマネジメント力、社員のモチベーションを把握するといった要素が含まれます。ビジネスモデルや収益源、リスク管理の体制がどこまで機能しているかもこの範囲です。 - 経営者や主要幹部の人物調査
経営トップや主要幹部がどのような経歴を持ち、過去に法的トラブルや不祥事を起こしていないか、リーダーシップや人間性が信頼に足るかを確認するステップです。公的情報やSNS、取引先の評判などから人物像を探るのが一般的で、特にオーナー経営企業ではトップの動向が会社全体に及ぼす影響が大きいため慎重に行うことが推奨されます。
4. デューデリジェンスを実施する具体的手順
デューデリジェンスを実行に移す際には、以下のようなプロセスを踏むのが一般的です。もちろん企業の規模や契約形態によって適宜アレンジが必要ですが、基本的な流れは共通するでしょう。
4.1 目的と範囲の明確化
最初に、どの程度まで詳細に調査を行うのか、目的は何かを整理します。合弁会社設立や大規模な投資の場合はフルスケールのデューデリジェンスを実施することが多いです。一方で、代理店契約など比較的小規模な協業の場合は、必要最低限の範囲に絞ることが現実的かもしれません。調査項目の優先順位を決め、調査対象資料や訪問先をリストアップし、スケジュールを作る段階で相手企業とも合意を取り付ける必要があります。
4.2 秘密保持契約(NDA)の締結
相手企業の情報を深く調べるには、財務諸表や顧客リスト、従業員情報など機密性の高い資料を閲覧する必要があります。デューデリジェンスで得た情報が外部に漏洩しては相手からの信用を失うばかりか、法的問題になりかねません。そこで、事前に秘密保持契約(NDA)をしっかり結び、双方が情報の取り扱いに配慮する仕組みを整えたうえで調査に臨みます。
4.3 資料請求とインタビュー
具体的には、相手企業に対し財務諸表や過去の契約書、特許・商標登録証書、組織図、顧客リストなど一連の資料をリクエストします。これらを受領したら、弁護士や会計士、コンサルタントなどの専門家の協力を得て精査し、不明点や疑問点をリストアップしておきます。並行して経営トップや主要幹部、人事・会計担当者などへのインタビューを実施し、書類だけでは読み取れない実態を把握します。可能なら工場や店舗の現地視察もセットにすると、オペレーションの実際を肌で感じることができるでしょう。
4.4 リスク評価と報告書の作成
資料やインタビューで得た情報を総合し、重大なリスクや不明点、追加調査が必要な領域などを洗い出します。これをもとに「デューデリジェンス報告書」を作成し、経営トップが契約や出資の最終判断を行う材料とします。具体的には「財務状況は問題ないが、コンプライアンス面でグレーな慣行がある」「特許や商標が十分に守られていない恐れがある」「主要幹部の一人に法的トラブルの前歴がある」などの結論が示される場合もあります。これを踏まえ、契約条項の修正や追加保証を求めるか、あるいは協業を断念するか、といった意思決定を下すわけです。
4.5 交渉・合意、あるいは協業計画の見直し
デューデリジェンスで判明したリスクが小さい場合は、そのまま協業に進められますが、リスクが大きい場合は契約交渉や追加条件を協議する必要が生じます。たとえば「万が一の法的トラブル発生時には相手が責任を負う」「商標権を再登録し直す」「内部統制を一定期間で整備する」など、補填策や条件変更を要求することが考えられるでしょう。そこに相手が応じない場合は協業断念という判断もあり得ます。いずれにせよ、デューデリジェンスの結果を踏まえた再交渉が成功すれば、リスクが大幅に低減された状態で協業をスタートできるはずです。
6. 「第二領域経営®」をデューデリジェンスに活かす
デューデリジェンスは“緊急ではないが重要”な仕事の典型例であり、徹底的にやろうとすると多くの時間とコストがかかります。ここで「第二領域経営®」を活用すれば、日常業務(第一領域)に振り回されず、入念な調査を継続的に行うための仕組みを作れます。
6.1 週次・隔週の「第二領域会議」で進捗管理
デューデリジェンスには書類準備や専門家のアサイン、経営陣へのインタビュー調整など多くのタスクが発生します。これらを“第二領域会議”で進行状況を確認し、資料が揃わない場合にはリマインドを出す、問題があればその原因を追及し対策を打つ、といった流れでプロジェクト管理すれば、忙しい中でも着実に調査が進むでしょう。トップが毎回この会議にコミットすれば、デューデリジェンスに割けるリソースの優先順位も高く保ちやすいです。
6.2 権限委譲でトップが調査活動に集中
また、細かいクレーム対応や日常的な売上レポートは現場リーダーや営業部門に任せ、経営トップや幹部がデューデリジェンスに集中できるように体制を整えるのが理想的です。現地視察や経営者インタビューに数日かかる場合もありますから、その期間の第一領域業務をどう回すかをマニュアル化するなど、あらかじめ準備を進めます。
6.3 リスク評価を“第二領域”として活用
デューデリジェンスで発見されたリスクは、そもそも協業を断念すべきほど重大なのか、追加契約条項や補償によってカバーできるレベルなのかを“第二領域会議”で経営陣が協議します。これが計画的に行われれば、判断が感覚的・場当たり的にならず、企業としての基準や方針に沿った意思決定が行いやすくなるのです。
7. まとめ
海外進出での現地パートナー選定が最終段階に近づいたときに、相手企業の表面上のイメージや主張を鵜呑みにせず、デューデリジェンス(徹底的な背景調査)を行うのは極めて重要なステップです。具体的には、財務状況や法的リスク、コンプライアンス意識、経営陣の素性、業務オペレーションなどを多角的に検証し、トラブルや不正、隠れた債務などがないかを見極めることが求められます。ここを省略すると、契約締結後に大きな落とし穴が発覚し、経営が深刻なダメージを受ける恐れが高いのです。
一方で、デューデリジェンスには時間とコストがかかり、“今すぐ売上につながらない”“緊急度が低い”と見なされがちなため、日常業務(第一領域)を抱える中では後回しにされるケースが多々あります。そこで、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」の考え方が役立ちます。経営トップが“デューデリジェンスは後回しにできない最優先課題”と位置づけ、週次・隔週の会議で進捗管理し、権限委譲によって緊急クレーム対応などを現場に任せられる体制を作れば、入念な調査を円滑に進められる可能性が高まります。
こうして経営者や幹部が真剣に取り組めば、相手企業の真の姿を把握し、発見されたリスクをどう扱うかを協議する段階で対策を講じるなり協業そのものを再考するなり、致命的な失敗を回避しやすくなります。結果として、海外進出先でのパートナー関係が長期にわたり信頼に足るものとなり、企業のグローバル展開が安定的に軌道に乗る可能性が大幅に高まるでしょう。デューデリジェンスを“第二領域経営®”として計画的に管理し、腰を据えてリスク評価に取り組むことが、海外進出での成功を左右する重要な鍵なのです。