1. はじめに
海外進出を計画する際、現地パートナーとの協業を選ぶか、それとも自社単独で乗り込むかという判断は、企業戦略を大きく左右する重要な選択肢です。ここまでのステップ5(現地パートナーの選定)では、パートナーをどのように見極め、契約を結び、利益分配や関係解消リスクをどう管理するかを順に解説してきました。しかし、そもそも「パートナーなしでも進出できるなら、そのほうがシンプルではないか」と考えるケースも少なくありません。とくに自社の技術や商品に強みがあり、現地に大きく依存する必要を感じない企業なら、海外法人を直接立ち上げるほうが融通が利きやすいと捉えるかもしれません。
一方で、国や地域の事情に精通した現地パートナーがいれば、ローカルの市場開拓や許認可取得、文化的・言語的ギャップの解消などで大きなアドバンテージを得られる可能性があるのも事実です。逆にパートナーなしで自社だけで始めると、すべての手続きを自前で行うため、時間も労力も想定以上にかかるリスクがあります。これまでのステップ5でも触れてきたように、安易にパートナーに頼りすぎてトラブルに巻き込まれる危険もあるなど、両側面を冷静に見極めることが必要です。
本稿では、パートナーあり・なし両方のアプローチについて、それぞれのメリット・デメリットを比較し、中小企業やオーナー企業が自社に合った進出形態を判断する際の参考となる視点を提供します。次回からはステップ6「法人設立と各種登録」に進み、具体的に各国での設立難易度や主要手続きを見ていきますので、本稿でパートナー戦略を整理したうえで、次のステップへの備えを整えていただければと思います。
2. パートナーなし進出のメリットとデメリット
「パートナーなしでの進出」とは、現地企業との合弁や代理店契約などを結ばず、自社の100%出資で現地法人を作る、もしくは輸出型で直接取引していくスタイルを指します。とくに製造業やITサービス業で独自技術を持つ企業や、ローカル資本を必要としないビジネスでは検討されがちです。
まずメリットとしては、資本や利益をすべて自社でコントロールできる点が大きいです。合弁会社などで起こりがちな利益分配の交渉や経営方針の対立がなく、自社の判断で事業を動かせる自由度が高まります。さらに、パートナーに依存しないため、意思決定がスピード感をもって行えるケースが多いです。営業戦略や価格設定、製品の仕様変更なども自社の意志だけで進められるでしょう。そうした独自のブランドイメージを保持したまま進出できる点もメリットと言えます。
一方、デメリットも明白です。まず、現地政府や市場に関する情報が不足している状態での進出は多大なリサーチコストとリスクを伴います。ローカルパートナーがいる場合は許認可手続きや行政との交渉を円滑化できる可能性があるのに対し、単独進出ではこれらの手続きを自社だけで学習しなければならず、時間と労力がかかるでしょう。言語や文化の壁を乗り越えるのも一苦労で、誤解や契約トラブルが生じやすくなります。また、現地ネットワークがないために顧客開拓やサプライチェーン構築で苦戦し、市場への浸透が遅れるリスクがあります。資金調達や補助金申請などを行う際にも、パートナーが持つ政治や行政へのコネクションを利用できない分、不利になるかもしれません。
総合すると、パートナーなし進出は企業が独自技術やブランド力を十分に持ち、現地ノウハウを自社でカバーできるリソースや人材がある場合には有利な選択肢です。しかしリスクも高く、現地情報の不足や人脈不足が致命的になりやすいため、慎重な調査や段階的アプローチが求められます。
3. パートナーあり進出のメリットとデメリット
「パートナーあり進出」は、合弁会社を設立したり、代理店や販売代理契約を結んだり、共同出資・業務提携などで現地企業や現地の有力個人とタッグを組んで市場に参入する形態を指します。これまでのステップ5でも詳しく触れてきましたが、改めてメリット・デメリットを整理します。
まずメリットとしては、現地企業が既に築いている人脈や行政コネクション、マーケット知識を活用できる点が大きいです。製造業なら部品調達や工場操業に必要なノウハウや労働慣行をローカルパートナーが熟知している場合が多く、初期段階の試行錯誤が少なくて済むでしょう。サービス業やITなどでも、現地の商習慣や言語、文化を理解しているパートナーがいれば、顧客開拓や法的許認可取得をスムーズに進められるケースが多いです。初期投資を分担できることで資金負担を軽減でき、リスクもシェアしやすいのも見逃せません。
しかしデメリットも大きく、まずは“利益分配”や“経営方針”をめぐる対立リスクが挙げられます。特に合弁会社では株式比率や投資額の大小に応じて経営権を決める必要があり、思惑が対立すると重要な意思決定が滞ったり、最悪の場合協業解消に至る危険もあります。過去の事例でも、順調に運んでいた合弁事業が突然のパートナー衝突で倒産したり、高額な買い取り金を支払わされた例があります。さらに、ローカルパートナーが必ずしもクリーンで合法的な手法を使っているとは限らず、腐敗や賄賂に関与している場合に、後から日本企業がコンプライアンスリスクを被るという恐れも考えられます。
また、パートナーが有力者や政治関係者との繋がりを強調しているケースでは政権交代などで一瞬にして立場を失うリスクがある点にも注意が必要です。これまでのステップ5で言及したように、パートナーのデューデリジェンスや契約書への「解消時の条項」盛り込みなどをしっかり行わないと、大きな混乱が起こりえます。
4. どちらを選ぶべきか:判断ポイント
パートナーなし進出とパートナーあり進出、それぞれにメリットとデメリットが存在するとわかったところで、実際にどのように判断すれば良いでしょうか。ここではいくつかの判断ポイントを示します。
まずは事業の内容やスケールに注目します。例えば、BtoB製造業で高度な製品を輸出し、あとは現地代理店を通して販売するだけならパートナーなしでも十分かもしれませんし、逆に小売やサービス業など現地でのブランド認知やローカルネットワークが欠かせないビジネスなら、現地企業と組んだほうが有利でしょう。投資が大きい合弁型か、販売代理店型かなど形態によってもリスクと報酬のバランスが変わります。
次に、企業の内部リソースとノウハウを検証します。海外進出に必要な語学力や現地法務・税務の知識、人材確保能力が自社にあるかどうかが、単独進出の成功確率を左右します。また、自社製品やサービスが競合と比べて優位性が高く、現地で一定の独自シェアを確保しやすいなら、必ずしもパートナーに頼らなくても事業成立が見込めるかもしれません。逆に独自性が低い製品やサービスで、現地競合が多い場合は、ローカルパートナーの営業チャネルを活用しないと市場参入で苦戦するリスクが高いです。
加えて、経営者の好みやリスク許容度も大きなファクターです。パートナーと組むとリスクはシェアできても、利益や経営権もシェアしなければならず、何かと折衝コストがかかるのを嫌う経営者もいます。一方で、単独進出はリスクも負担も大きいので避けたいという考えなら、パートナーシップを前提にするという判断になるでしょう。どちらにも正解・不正解はなく、経営スタンスと市場環境次第で最適解が異なるわけです。
5. 両モデルを使い分けることも可能
実は、パートナーなし進出とパートナーあり進出を単純に二択として考えるのではなく、初期段階は代理店契約を結んで市場の反応を探り、将来的に自社法人を設立してパートナー契約を解消する形もあり得ます。あるいは逆に、まずは合弁会社を設立してリスクをシェアしつつ現地ノウハウを学び、数年後に買い取りオプションを行使して合弁を解消し、100%子会社にするプランなども考えられます。多様な中間的なスキームを検討し、企業が手応えを掴む段階と本格的に拡大する段階で最適解を変える柔軟性を持つことが、グローバル展開では重要です。
その際に、前回までの記事でも繰り返し述べたように、契約時の条項設定や“解消時”の規定をしっかり盛り込んでおくことでスムーズな移行を可能にします。オプション条項や株式評価方法、ノウハウや知的財産の帰属を明文化しておけば、“合弁をやめて自社単独に切り替える”あるいは“単独で始めたビジネスに、あとからローカルパートナーを参画させる”といった変化も円滑に行いやすいでしょう。
6. 「第二領域経営®」を活かした判断と実行
パートナーなし進出か、パートナーあり進出かという大きな戦略決定は、“今すぐ売上を増やす”業務とは異なり、“緊急ではないが長期的に企業を左右する”テーマです。よってここでもOne Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」の枠組みが大きく役立ちます。
まず、週や月の“第二領域会議”で海外進出プロジェクトを最優先議題とし、パートナーをどう利用するかのシナリオを検証します。例えば初期段階は小規模に代理店利用で費用を抑えるモデル、合弁で大きく市場参入を狙うモデル、完全自社子会社でブランドコントロールを重視するモデルなど複数案を挙げ、メリット・デメリットを比較して経営トップと幹部が議論します。権限委譲により日常業務の負担を現場リーダーがカバーすれば、トップが海外進出戦略をじっくり検討できる時間を確保できるわけです。
さらに、PDCAを回す形で、実際に市場調査やパートナー候補との面談を行い、そのフィードバックを“第二領域会議”で共有して計画を修正するのです。こうすることで「パートナーなし進出でいけると思っていたが、実は規制やローカルネットワークのハードルが高い」「パートナーあり進出も、出資比率や利益分配が妥協できなければデメリットが大きい」といったリアルな知見を踏まえたうえで、最終判断を下すことができます。結果的に、“今は小さくパートナーありでスタートし、数年後に買い取りオプションで自社子会社化する”など柔軟なロードマップを描けるようになる可能性が高まります。
7. 次回予告:ステップ6法人設立と各種登録 ①「国別比較:法人設立手続きの難易度ランキング」
本記事(ステップ5現地パートナーの選定⑩)で、パートナーなし進出とパートナーあり進出のメリット・デメリットを比較し、自社状況やリスク許容度に応じた選択肢を考える意義を解説しました。次回からは、いよいよステップ6「法人設立と各種登録」に入ります。最初に「国別比較:法人設立手続きの難易度ランキング」を取り上げ、代表的な進出先の法人口座開設や登記手続き、許認可取得などの難易度を概観します。どの国でどんな書類やコストがかかるのか、またどれだけ時間がかかるのかを知ることで、企業が進出計画を具体化しやすくなるはずです。今回までのパートナー選定議論と絡めて、単独法人設立か合弁会社化かなどの意思決定にも役立つでしょう。
8. まとめ
海外進出を検討する企業にとって、パートナーなし進出とパートナーあり進出は大きな戦略上の分岐点です。単独で拠点を設立すれば、自由度や利益独占といったメリットを享受できる反面、ローカル情報や行政交渉で不利になりやすく、現地調査やリスク管理に多くのリソースを割く必要があるでしょう。一方でパートナーを活用すれば、市場参入スピードや行政対策、人脈構築などで優位に立てる一方、利益分配や経営方針をめぐる対立リスクが増し、合弁会社などでは解消時の複雑な交渉も生じ得ます。
選択に当たっては、事業特性や自社の強み、資金力や現地での人材確保状況、リスク許容度などを総合的に考慮することが必要です。どちらの形態も一長一短があるため、“どちらが正解”とは言い切れません。さらに、最初は小規模にパートナーありで始め、事業が安定したら株式買い取りなどにより自社単独へ移行するといった段階的な戦略も考えられます。こうした動的な選択肢を検討するうえでも、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」が示す“緊急ではないが重要な領域に計画的に取り組む”枠組みを活用すれば、日々の雑務に押し流されずに海外進出戦略を着実に進められるわけです。
次回から始まるステップ6「法人設立と各種登録」では、さらに具体的に、国や地域ごとの設立手続きの難易度や必要書類、費用などを比較検討していきます。パートナー選定で得た情報や契約方針と絡めて、法人をどう設置するか(合弁会社や完全子会社など)を最適化できるよう、そちらの内容も併せてご覧いただければと思います。