海外進出10ステップ:ステップ7人材の確保と育成 ⑨「海外子会社の給与体系:現地の相場と日本企業の方針のバランス」 海外進出10ステップ:ステップ7人材の確保と育成 ⑨「海外子会社の給与体系:現地の相場と日本企業の方針のバランス」

海外進出10ステップ:ステップ7人材の確保と育成 ⑨「海外子会社の給与体系:現地の相場と日本企業の方針のバランス」

海外進出10ステップ:ステップ7人材の確保と育成 ⑨「海外子会社の給与体系:現地の相場と日本企業の方針のバランス」

1. はじめに

海外に進出する際、現地スタッフを雇用する企業にとって避けて通れないのが「給与体系」の設計です。日本では当たり前となっている年功序列や定期昇給といった仕組みが、インドネシアやベトナム、スリランカなどのアジア新興国でそのまま通用するとは限りません。逆に、現地相場に合わせて極端に安い賃金を設定すると、優秀な人材が集まらず離職率が高まる結果を招くリスクがあります。しかも、人件費は企業が負担するコストの中でも大きな比率を占めるため、簡単に決められるものではありません。

そこで本稿では、「海外進出10ステップ」のステップ7「人材の確保と育成」の第9回として、「海外子会社の給与体系:現地の相場と日本企業の方針のバランス」をテーマに取り上げます。まずはなぜ給与設計が海外進出において大きな課題になるのか、そしてどのような原則をもとに給与体系を組み立てるべきかを文章の解説中心に整理します。さらに、具体的な給与テーブルや昇給ルール、評価制度を設計するときに注意すべき点を示し、最後にこうした中長期的・戦略的な取り組みを「第二領域経営®」の視点からどのように計画的に実行するかを考えます。なお、次回(ステップ7 ⑩「海外子会社における日本的経営の導入:成功のポイントと注意点」)では、日本で発展してきた経営手法を海外拠点に移植する際のメリット・デメリットを扱う予定です。


2. なぜ給与体系が海外事業の成否を左右するのか

2.1 離職率と人材確保に直結

給与水準は、採用や社員の定着に大きな影響を及ぼします。特に新興国の若年労働者は年々給与相場が上昇しているケースも多く、企業が低い賃金で据え置けば優秀層がすぐに競合企業に流れてしまいがちです。逆に高い賃金を払うだけではなく、成果主義やキャリアアップ機会などの要素と合わせて総合的な報酬パッケージを提示できないと、社員がやる気を失って離職につながるリスクもあります。実際に数年にわたって離職率が高止まりすれば、組織が育たず事業拡大が難しくなる可能性が高いのです。

2.2 海外子会社のコスト構造

人件費は海外子会社のコスト構造の中でも大きな比率を占めることが多く、現地スタッフの給与設計を誤ると収益性を圧迫する結果につながります。例えば日本本社の感覚で「安い賃金」と思っていても、現地では相場より高いために不必要にコストが増大することがある一方、相場より低すぎて優秀層を採用できない場合もあり得ます。現地子会社の利益率や投資回収計画にも影響するため、経営としては慎重なシミュレーションを要するのです。

2.3 日本の理念や企業文化との調和

日本式の給与体系(年功序列や定期昇給、手厚い福利厚生など)を海外拠点にそのまま導入する企業もありますが、現地の常識や若者のキャリア志向からすると不合理に見える場合もあります。逆に、100%現地流で成果主義に偏りすぎると、本社が大切にしている企業理念やチームワーク文化が損なわれるリスクもあります。給与体系は企業文化の一部であり、それをどう現地化しつつ本社のアイデンティティを保つかが問われるのです。


3. 給与設計の基本的な視点

海外子会社の給与体系を考えるうえでは、以下のような基本的視点を念頭に置いておくことが重要です。これはどの国や業種でも大きく変わりませんが、具体的な数値や制度は国によって微調整が必要となります。

3.1 現地相場の把握

まずは現地の労働市場で同レベルの企業や同業他社がどのくらいの給与を提示しているかを正確に把握する必要があります。大手人材紹介会社や商工会議所、政府統計などを活用して相場を調べ、ポジションや経験年数ごとに目安値を得ることが大切です。こうした情報なしに「日本円で換算してこれくらいかな」という感覚的な決定をすると、相場から乖離してしまう恐れが高まります。

3.2 資格や経験による差別化

日本では学歴や社内年次が給与に反映されることが多いですが、海外ではどの資格や能力が報酬アップにつながるかは国や業界によって異なります。例えばIT分野では特定のプログラミング言語や認定資格を持つ人材の給与が高騰している場合もあれば、製造業では職長経験や品質管理の資格を評価するケースもあるでしょう。自社が必要とするスキルに適切な報酬を与える仕組みがあれば、優秀人材の確保や学習意欲の向上を促進できます。

3.3 成果主義と基本給のバランス

新興国の若手社員は成果主義を好む傾向があるとされますが、100%成果連動では安定感に欠け、短期的利益に走る弊害も出やすいです。一方で全員同じく昇給する仕組みだとモチベーション格差が生まれ、優秀人材が離れていくリスクが高まります。そのため、基本給で生活の安定を確保しつつ、インセンティブやボーナスで業績や能力を評価する「ハイブリッド型」が多くの企業で導入されている実態があります。特に管理職や営業職には成果給比率を高め、現場スタッフや事務職には安定的な基本給を重視するといったメリハリをつける方法がよく見られます。

3.4 福利厚生や非金銭的インセンティブとの連携

給与体系を設計する際には、前回の記事(ステップ7 ⑦「現地スタッフのモチベーション管理:金銭以外のインセンティブ」)で述べたような非金銭的要素(キャリアアップ機会、研修、家族支援など)とのバランスが重要です。必ずしも給与そのものを高めなくても、総合的な報酬パッケージや職場環境が魅力的であれば、従業員満足度や離職率をコントロールできる場合があります。逆に高給与を提示しても、企業文化や育成体制が不十分であれば優秀層は長く留まらない可能性があるため、総合設計が求められます。


4. 現地相場と日本企業方針をどうすり合わせるか

現地の給与相場を鑑みつつ、日本企業としての理念や長期戦略に合致する形でどのように給与テーブルを決めるかは、以下のようなアプローチが考えられます。

4.1 ローカル企業水準に合わせる(ミニマム戦略)

最初はローカル企業の給与水準や福利厚生に大きく準じる形で「最低限、相場を下回らない」ラインを意識する方法です。特にコスト重視の初期立ち上げ期には、この戦略で必要な人材だけ確保するケースがあります。ただし、そうした相場ぎりぎり水準だと優秀人材には物足りず離職リスクが高まるので、早期に業績次第で昇給やボーナス枠を拡大するなどの見直しを行う形が望ましいです。

4.2 ローカル相場+αのアッパー戦略

現地相場より少し高めの水準を設定し、優秀人材を確保しやすくするアプローチです。日本企業というブランドや安定性を組み合わせることで、ローカル企業より魅力を感じるスタッフが集まる場合もあります。代わりに人件費が増加するため、業績とのバランスが課題となりますが、成長余力が大きい企業ならアグレッシブに挑戦して早期に優秀層を取り込むのも一つの手段です。

4.3 日本式キャリアアップの部分導入

必ずしも現地相場に完全迎合せず、日本型の昇給体系年次に応じた給与テーブルを一部導入する方法もあります。日本企業が大切にする安定雇用やスキル蓄積の考え方を反映し、一定期間勤続すれば給与が徐々に上がる仕組みを敷くわけです。ただし、これをそのまま実行すると新興国の若者から「実力があってもすぐに昇給しないのでは魅力が薄い」と敬遠される恐れがあるため、年功的要素と成果主義を組み合わせるハイブリッドモデルを検討する必要があるでしょう。

4.4 成果重視を前面に出すパフォーマンスモデル

いわゆる外資系企業に近い形で、基本給は低めでも目標達成に応じて大幅なボーナスやインセンティブを支給する成果主義モデルを採用する方法です。営業や高度専門職には有効で、短期的に成果を出せる人材を集めやすい一方、安定志向の社員やスタッフ間の協力関係が損なわれる可能性もあるため注意が必要です。また、現地の労務法により最低賃金を下回る基本給は許されないなど制約があるかもしれません。


5. 給与テーブル策定と運用のプロセス

企業が実際に海外子会社の給与テーブルや昇給制度を作る際には、以下のステップを踏むのが一般的です。

5.1 市場調査とデータ収集

まずは現地人材紹介会社や給与調査会社が発行するレポート、商工会議所や同業他社との情報交換などを通じて、各職種・職位ごとの平均給与やボーナス水準、昇給率などの客観的データを集めます。信頼できるデータがなければ、大まかな範囲しか分からず、設定が極端にずれるリスクが高くなります。

5.2 企業方針の確認

日本本社の経営陣と海外子会社のトップで、「どういう人材に来てもらいたいのか」「安定的に雇用したいのか、成果を重視するのか」「短期と中長期の拡張計画はどうか」といった議論を行い、給与体系の基本方針を共有します。例えば「若い優秀人材を多く採用し、将来幹部を育てたい」ならローカル相場+αの水準でのスタートや、研修制度の充実を組み込むなどの方針が考えられます。

5.3 テーブルと評価システムの試作

職種や職位ごとに基準給与を設定し、昇給やボーナスの算定方法を具体的に試作します。ここで重要なのは、単に数値だけでなく、社員が納得できる評価項目(売上目標達成率、勤務態度、リーダーシップ、顧客満足度など)を明文化し、評価結果と給与決定がきちんと結びつくよう設計することです。日本的なあいまいな評価では新興国スタッフに理解されないリスクが大きいため、客観性を高めた評価制度を構築する必要があります。

5.4 パイロット運用と調整

いきなり全社員を対象に導入するのではなく、一部職種や管理職層などでパイロット運用し、不具合や不満点を洗い出す方法がよく行われます。そのうえで問題を修正し、評価期間のサイクルや面談手順などを整備したのち、本格導入に移る形がリスクを低減してスムーズです。

5.5 継続的な見直し

給与相場は変動しますし、企業の成長ステージや業績によっても職種需要が変化します。そのため年1回や半期に1回程度、給与テーブルと評価制度を見直す仕組みを設け、必要に応じてアップデートを行うことが重要です。現地スタッフからのフィードバックを得る機会を作り、納得感が保たれるよう対話を続ける姿勢が望ましいでしょう。


6. 「第二領域経営®」による計画的な実行

給与体系の見直しや設計は、「今すぐ売上増に直結しないが、将来の組織力と人材定着に極めて重要」なテーマの典型例と言えます。特に忙しい日常業務(第一領域)に追われる中で後回しにすると、気づけばスタッフの離職率が上昇し、採用コストや業務停滞の被害が拡大してしまうリスクがあるわけです。ここでOne Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」を活用すると、経営トップや幹部が週・月の“第二領域会議”で給与制度の設計と運用を最優先議題として扱い、着実にPDCAを回していくことができます。

  1. 会議アジェンダで給与体系を定期的にチェック
    例えば四半期に一度、現地拠点の離職状況や採用成果を報告し、人件費やライバル企業の動向を含めて分析する場を設ければ、給与に関する問題点を早期に発見できます。
  2. 第一領域の権限委譲
    トップや幹部が売上対応やクレーム処理で忙殺されないよう、現場にマニュアルと権限を委譲し、リーダーに任せる体制を整えれば、幹部は給与制度や人材戦略といった“第二領域”の仕事に集中可能です。
  3. 連続的な改善プロセス
    新しい給与テーブルを導入して実際にどうなるか、社員の声や離職率、業績などを“第二領域会議”でフォローし、必要なら修正や追加のインセンティブ施策を検討する。こうしたPDCAサイクルを繰り返すうちに、企業独自の最適解が徐々に確立されていきます。

7. 次回予告:ステップ7人材の確保と育成 ⑩「海外子会社における日本的経営の導入:成功のポイントと注意点」

今回のステップ7 ⑨では、「海外子会社の給与体系:現地の相場と日本企業の方針のバランス」をテーマに、なぜ給与体系が海外進出で大きなウェイトを占めるのか、どのように現地相場と企業理念を両立させるかを解説しました。賃金設計は人材の確保・定着と企業コスト、さらに企業文化の両面を考慮する必要があるため、慎重かつ計画的に進めることが重要です。そして、One Step Beyond株式会社が提唱する「第二領域経営®」を使い、中長期的な視点で定期的なPDCAを回すことで、適切な給与ポリシーを形作っていくことが望まれます。

次回(ステップ7 ⑩)は「海外子会社における日本的経営の導入:成功のポイントと注意点」を取り上げます。給与のみならず、5Sやカイゼン、ホウレンソウといった日本独自の経営文化を海外拠点にどう落とし込み、どんな効果やリスクがあるのかについて詳しく検討する予定です。海外で日本的経営手法がどこまで通用し、どのようにローカライズすべきかを考えるうえで、給与体系との連動も含めた考察が求められるため、ぜひあわせてご覧ください。


8. まとめ

海外子会社のスタッフに対する給与体系は、企業の人材戦略や文化、現地相場に大きく左右される複雑なテーマです。ローカル市場の実情を無視すれば優秀人材が集まらず、逆に日本本社の年功色が強すぎる制度をそのまま移植すると、若い社員から敬遠される可能性があります。また、成果主義を前面に出しすぎれば安定感を求めるスタッフが離れ、チーム連携が損なわれるリスクもあるため、バランスを見極めることが重要です。

本稿で取り上げたように、まずは現地の給与相場を確実に把握し、そのうえで「企業としてどのような人材を確保・育成したいか」を踏まえた基本方針を決めていくプロセスが望ましいでしょう。さらに評価制度や非金銭的インセンティブを組み合わせて、単なる月給やボーナス以上の魅力を提供できれば、社員のモチベーションとロイヤルティを高めやすくなります。こうした取り組みは「売上に直結しないが極めて重要な第二領域」の仕事であり、One Step Beyond株式会社が提唱する「第二領域経営®」を用いて週・月の定例会議で最優先議題として議論し、PDCAを回しながら成熟させることで、海外子会社の組織力向上と中長期の業績安定につながるはずです。

次回(ステップ7 ⑩)では、「海外子会社における日本的経営の導入:成功のポイントと注意点」を深掘りし、日本特有の5Sやカイゼン、ホウレンソウなどを海外拠点でどう運用するか、実際の成功例と失敗例をもとに検討していきます。給与体系とも密接に関連するテーマですので、ぜひ引き続きご覧いただければ幸いです。

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