1. はじめに
海外展開を行う際、商品やサービスを現地市場に合わせてローカライズすることは不可欠ですが、その内容や重点は業種によって大きく異なります。前回(ステップ8. ②「商品名のローカライズ:失敗例と成功例から学ぶ」)で述べたように、ネーミングだけでも国や文化によって大きな差が出る一方、業種特有の要件や法規制、顧客ニーズの違いがあるため、「どこまでローカライズすべきか」の判断は容易ではありません。すべてを日本と同じスタイルで押し通すわけにもいかず、かといって徹底的に現地化しすぎると、ブランドアイデンティティが損なわれたり、コスト過多になるリスクもあります。
本稿では、「海外進出10ステップ」のステップ8「商品・サービスのローカライズ」の第3回として、「業界別:ローカライズが必須の要素と省略可能な要素」をテーマに取り上げます。まず、ローカライズ自体の全体像を改めて簡潔に整理しつつ、IT・デジタルサービス、製造業、食品・飲料、サービス業(小売・観光など)といった主要業種ごとに、どの部分のローカライズを特に優先すべきか、あるいは相対的に省略可能かについて文章で解説します。企業が限られたリソースの中で効率的に海外対応をするうえで、どこに注力してどこを簡素化するか、判断材料を得るためのヒントとしてご参考にしてください。なお次回(ステップ8. ④)では「パッケージデザインのローカライズ:色彩心理と文化的配慮」を扱い、海外市場向けのデザイン調整について詳しく見ていく予定です。
2. ローカライズ全体の要素を改めて整理
前回の記事でも触れましたが、ローカライズには以下のような要素が関わることが多いです。業種によってはさらに特殊な項目も追加される場合があります。
- 言語面
- 商品名やUIの翻訳、マニュアルの現地語対応など。
- 商品名やUIの翻訳、マニュアルの現地語対応など。
- 文化・習慣面
- カスタマイズ(使用目的、宗教的配慮、季節行事に合わせた機能や製品など)
- タブー回避(色づかい、モチーフ、動物、数字)
- カスタマイズ(使用目的、宗教的配慮、季節行事に合わせた機能や製品など)
- 法規制・コンプライアンス面
- 表示ラベル、成分表記、技術基準、輸入許認可など。
- 表示ラベル、成分表記、技術基準、輸入許認可など。
- ユーザー環境・使い勝手
- 支払い方法、デバイス特性、物流条件、アフターサービス体制など。
- 支払い方法、デバイス特性、物流条件、アフターサービス体制など。
- ブランド戦略
- 企業のコアメッセージやビジュアルアイデンティティをどう維持するか、ローカル独自のアピールポイントをどこまで与えるか。
- 企業のコアメッセージやビジュアルアイデンティティをどう維持するか、ローカル独自のアピールポイントをどこまで与えるか。
こうした全要素のどこに重点を置くかは、業種やターゲット市場によって優先度が変わってきます。以下では、代表的な業種をいくつか取り上げ、ローカライズが必須となる部分と、ある程度省略が可能(もしくは後回しにしても影響が少ない)部分を検討します。
3. IT・デジタルサービス業のローカライズ
3.1 必須要素
- 言語対応とUI翻訳
ソフトウェアやWebサービス、アプリなどはユーザーインターフェースが現地語または英語に対応していないと使われにくいです。表記のずれや文字化けを起こさないよう、文字コード・フォントサイズや縦横書きなどに注意が必要です。 - 現地での支払い・課金方式
デジタルサービスの場合、利用者がクレジットカードを使わない文化圏も多く、モバイル決済や現金払いなど、国ごとに主流が異なります。ここをローカライズしないと料金を受け取れずビジネスが成り立たない可能性が高いです。 - 法規制(データ保護、通信規制など)
国によっては個人情報保護法が厳しかったり、データを国内サーバーに置くことを求められるなど規制が存在します。これを無視すると現地でサービス提供ができないリスクがあるため、必須の対応となります。
3.2 省略可能要素
- 細かなカスタム機能の初期実装
例えば日本向けにあった特定の機能や連携システムが、現地では当面必要性が低い場合がある。最初のローンチでは外し、ユーザーフィードバックを見ながら段階的に追加するほうが効率的なことも多い。 - 細部のデザイン調整
大枠が現地言語に対応しており、使いやすさや色使いに問題がなければ、細かいビジュアル変更(背景画像、アイコンデザインなど)は後回しでも大きな問題にならないケースがある。一旦シンプルな共通デザインで出して、人気が高まってからローカルデザインへ移行する方法もある。
4. 製造業(機械・自動車・部品など)のローカライズ
4.1 必須要素
- 法定表示や技術基準への適合
機械や自動車、工業部品の場合、現地の安全基準や認証(CEマーク、ULマークなど)を取得しないと販売できないことが多い。ラベル表示や取扱説明書も現地語表記が必要な場合がある。 - マニュアルとメンテナンス体制
製造業の製品はアフターサポートやメンテナンスが重要。現地スタッフが理解できるマニュアルを用意し、修理部品の供給ルートや問い合わせ窓口をローカル化しないとクレームやブランド低下を招きかねない。 - 業務プロセスへの文化的配慮
工場現場での5Sや安全管理など日本的な手法を持ち込む場合、現地の言語と習慣を十分に考慮して導入を計画しないと従業員が混乱する可能性が高い。特に安全基準や労働時間管理は現地労働法との整合が必須。
4.2 省略可能要素
- デザイン面の細かいローカライズ
機器や装置の外観デザインが必ずしも現地色を反映する必要はないことが多い。機能・品質が重視される場合は、無理にカラーバリエーションを増やすより性能アピールに注力するほうが効果的。 - ネーミング変更
産業機械や部品レベルのB2B向け製品では、グローバル統一ブランド名で展開しても問題ないケースが多い。一般消費者向けと異なり、国ごとに別名を作る必要が薄い場合がある。ただし商標の衝突だけはチェックが必要。
5. 食品・飲料業のローカライズ
5.1 必須要素
- 原材料表示や成分表記の現地化
食品はとりわけ法規制が厳しく、成分や栄養価、アレルゲン情報などを現地語でラベル表記することが要求される場合が多い。ハラールやコーシャ認証が必要になる地域もある。 - 味の調整やサイズ調整
国によっては味覚が大きく異なり、甘さや辛さの度合い、塩分量などの変更が必須。あるいはパッケージサイズを小型化して低価格帯を狙う、逆に大容量化するなど消費者の購買習慣に合わせる必要がある。 - 日付表記や賞味期限ルール
日付の書式(例:月/日/年か日/月/年か)に加え、賞味期限と製造日をどちらを表示するかが国によって異なる場合もある。ラベルに誤った形式を使うと罰則が発生する恐れがある。
5.2 省略可能要素
- 商品名・ブランドの大幅変更
食品ブランドの名前はそのままグローバルに使用する例が多く、特に英語圏や日本文化に理解がある地域では必須ではないこともある。ただし、すでに現地で悪いイメージの言葉やスラングにあたる場合は別名導入が必要。 - パッケージデザインの全面変更
軽微な色使い調整やローカル言語の追加は必要でも、基本デザインの核となるロゴやキャラクターはグローバル統一で進めても問題ない場合が多い。国ごとに大きく変えすぎるとブランドの統一感が損なわれる。
6. サービス業(小売・観光・コンサルなど)のローカライズ
6.1 必須要素
- 接客言語・スタッフ教育
小売店や観光業ではスタッフが現地語や英語で接客できる体制が必須。マニュアルや研修もローカル文化に合わせないと「日本的なおもてなし」が逆におかしな印象を与えかねない。 - 料金表示・決済方法
サービス料金やメニュー表示を現地通貨で明示し、消費税やサービス料などの内訳が分かりやすい形にする。現金主流の地域、モバイルペイが人気の国、クレジットカード利用率が低い地域などに応じて対応策を用意する。 - 現地マーケティング手法
広告やキャンペーンの打ち方が日本とは異なる場合が多い。SNSやインフルエンサーの活用、現地のイベントに合わせたプロモーションなど、現地流の販促が必要。日本の新聞やテレビCMに注力しても効果が薄いケースも。
6.2 省略可能要素
- オフィス内の細かな内装規格
サービス業の場合、自社のオフィス環境をそこまで現地の文化に合わせ込む必要がないケースもある。もちろん来客スペースや社員用設備は最低限配慮すべきだが、事務所内の内装は日本本社のスタイルを維持しても大きな問題にはならないことが多い。 - 全スタッフへの高度言語研修
一部のホスピタリティ部門などを除いて、全社員に高度な日本語や英語力を必須とする必要はない場合がある。特定の窓口スタッフやマネージャーが対応すれば、他のバックオフィス部門などは現地語だけで運用しても問題ない、という判断もあり得る。
7. “第二領域経営®”で業界別ローカライズを計画的に進める
業種ごとにローカライズの重点が異なるため、企業としては自社の業態に合わせた「必須要素」と「省略可能要素」を見極める作業が必要です。特にリソースに限りがある中小企業は、すべてのローカライズ要素を一気にやろうとするとコストや期間が膨張する恐れが高いです。ここで、One Step Beyond株式会社が提唱し、商標を所有する「第二領域経営®」の考え方を活用すれば、PDCAを計画的に回しながらローカライズの優先順位を着実に管理できます。
- 週や月の“第二領域会議”で業界特有の課題を最優先に議論
例えば製造業なら法規制やマニュアル翻訳を先に集中してクリアし、デザイン面は後回しにするといった意思決定を、売上対応(第一領域)の会議とは切り離して定例化する。 - 第一領域を権限委譲し、トップが“第二領域”に集中
トップや幹部がクレーム処理などに追われていると、ローカライズの産業別課題を把握しきれないまま初期設定がずれたり計画が停滞するため、日常業務をマニュアル化・下に委任し、経営層がローカライズ戦略の検討に深く関われる体制を作る。 - 段階導入のPDCA
全業種向けの一斉導入ではなく、自社で優先度の高い要素からテスト的に導入し、結果を“第二領域会議”で共有してフィードバックを得る。成功例を他部門や他国にも横展開し、スケールアップしていく流れが効率的だと考えられる。
8. 次回予告:ステップ8. 商品・サービスのローカライズ ④「パッケージデザインのローカライズ:色彩心理と文化的配慮」
本稿(ステップ8. ③)では、「業界別:ローカライズが必須の要素と省略可能な要素」というテーマで、IT・デジタルサービス、製造業、食品・飲料、サービス業などの異なる分野ごとに、ローカライズの優先度や考慮事項がどのように異なるかを解説しました。言語・法規制・文化といった基本要素は共通しつつも、どれを最初に着手すべきかや、どこは最小限で済むかの判断は大きく変わってきます。企業規模や目的市場によっても違いがあるため、社内で「うちはこの業態だからここは必須、ここは後回し」と優先順位を共有するとスムーズに進められるでしょう。
次回(ステップ8. ④)は、「パッケージデザインのローカライズ:色彩心理と文化的配慮」をテーマに、具体的にパッケージやビジュアル面でどのような変革が必要か、色やデザインモチーフが国ごとにどう好まれるか、文化的禁忌は何かなどを深掘りします。特に消費者向け製品ではパッケージが第一印象を決定するため、そのローカライズの是非が売上に直結する場合も多いのです。ぜひ合わせてご覧いただければ、ローカライズ戦略のさらなるヒントが得られるはずです。