はじめに
「海外進出10ステップ」シリーズの第24回目、ステップ3の第4回目へようこそ。前回は、5年後を見据えた事業計画の策定方法について解説しました。今回は、「事業計画の要!精度の高い市場規模予測の仕方」として、実践的な市場規模予測の手法について詳しく解説します。
1. 市場規模予測の基本アプローチ
1.1 トップダウンアプローチ
基本的な計算方法
ステップ1: 全体市場規模の把握 | ・GDP×産業別構成比 ・人口×消費支出単価 ・製品普及率×対象人口 |
ステップ2: セグメント別シェア分析 | ・価格帯別シェア ・用途別シェア ・地域別シェア |
ステップ3: 自社ターゲット市場の特定 | ・価格帯での絞り込み ・地理的範囲の設定 ・顧客層の特定 |
具体的な計算例(自動車部品市場)
1. 全体市場規模 | 自動車生産台数:1,000万台 × 1台当たり部品額:200万円 = 全体市場:2兆円 |
2. セグメント分析 | ・OEM向け:70%(1.4兆円) ・補修部品:30%(0.6兆円) |
3. ターゲット市場 | ・対象セグメント:OEM向け ・対象部品カテゴリー:電装部品(30%) ・地理的範囲:華東地区(40%) = ターゲット市場規模:1.4兆円×30%×40% = 1,680億円 |
1.2 ボトムアップアプローチ
基本的な計算方法
ステップ1:顧客セグメントの特定 | ・企業規模別 ・業種別 ・地域別 |
ステップ2:セグメント別需要予測 | ・セグメント別顧客数 ・平均購入単価 ・購入頻度 |
ステップ3:積み上げ計算 | ・セグメント別市場規模の合算 ・成長率による補正 ・季節変動の考慮 |
具体的な計算例(業務用ソフトウェア市場)
1. 顧客セグメント分類 | 大企業:従業員1,000人以上 中堅企業:従業員100-999人 小規模企業:従業員99人以下 |
2. セグメント別計算 | 大企業: ・対象企業数:1,000社 ・平均導入単価:5,000万円 ・年間導入率:20% = 市場規模:1,000億円 中堅企業: ・対象企業数:10,000社 ・平均導入単価:1,000万円 ・年間導入率:15% = 市場規模:1,500億円 小規模企業: ・対象企業数:50,000社 ・平均導入単価:200万円 ・年間導入率:10% = 市場規模:1,000億円 |
3. 総市場規模 | 1,000億円+1,500億円+1,000億円 = 3,500億円 |
2. データ収集・分析手法
2.1 データソースの種類と活用法
公的統計データ
主要データソース | ・政府統計局データ ・業界団体統計 ・国際機関統計(World Bank, IMF等) |
収集のポイント | ・データの更新頻度確認 ・定義・算出方法の確認 ・時系列データの整合性確認 |
活用方法 | ・基礎データとしての利用 ・トレンド分析への活用 ・クロスチェック用データ |
民間調査データ
主要データソース | ・市場調査会社レポート ・証券会社レポート ・業界専門誌 |
利用上の注意点 | ・調査方法の確認 ・サンプル数の確認 ・バイアスの有無確認 |
費用目安 | ・包括的市場レポート:100-300万円 ・個別調査レポート:30-50万円 ・データベース利用料:年間100-500万円 |
2.2 独自調査の実施方法
定量調査
サンプル設計 | ・信頼水準:95% ・誤差範囲:±5% ・必要サンプル数:384以上 |
調査手法選択 | ・オンラインサーベイ ・電話調査 ・対面調査 |
コスト試算(1,000サンプル) | ・オンライン:100-200万円 ・電話:200-300万円 ・対面:300-500万円 |
定性調査
インタビュー設計 | ・対象者選定基準の設定 ・質問項目の構造化 ・所要時間の設定 |
実施規模の目安 | ・エキスパートインタビュー:10-15名 ・ユーザーインタビュー:20-30名 ・流通業者インタビュー:15-20社 |
コスト試算 | ・エキスパート:1名あたり10-20万円 ・ユーザー:1名あたり2-5万円 ・流通業者:1社あたり5-10万円 |
3. 業界別の予測手法
3.1 製造業の市場規模予測
耐久消費財
予測手順:
1. ストック需要の算出 | ・対象世帯数:1,000万世帯 ・平均保有台数:1.2台/世帯 ・更新サイクル:7年 = 年間需要:171万台 |
2. 純増需要の算出 | ・世帯数増加:年2% ・保有率上昇:年3% = 年間純増:50万台 |
3. 総需要の算出 | 171万台 + 50万台 = 221万台 |
産業用機器
予測手順:
1. 設備投資動向分析 | ・業界別設備投資計画 ・設備更新サイクル ・稼働率推移 |
2. 用途別需要予測 | ・新規導入:40% ・更新需要:45% ・保守部品:15% |
3. 地域別需要配分 | ・主要都市:50% ・地方都市:35% ・その他:15% |
3.2 サービス業の市場規模予測
小売・飲食
予測手順:
1. 商圏分析 | ・人口密度マッピング ・競合店舗分布 ・所得水準分布 |
2. 売上予測 | ・客単価設定:2,000円 ・来店頻度:月2回 ・想定シェア:10% |
3. 年間売上計算例 | ・商圏人口:10万人 ・利用率:20% = 年間売上:9.6億円 (10万人×20%×2,000円×24回) |
法人向けサービス
予測手順:
1. 顧客企業分析 | ・業種別企業数 ・企業規模分布 ・サービス利用率 |
2. 契約単価設定 | ・基本料金:月額10万円 ・オプション利用:+30% ・値引き率:-10% |
3. 年間売上計算例 | ・対象企業:1,000社 ・契約率:15% = 年間売上:23.4億円 (1,000社×15%×13万円×12ヶ月) |
4. 予測精度を高めるテクニック
4.1 複数シナリオの設定
3シナリオアプローチ
基本シナリオ(確率50%) | ・GDP成長率に連動 ・競合環境は現状維持 ・技術革新は緩やかに進展 |
楽観シナリオ(確率25%) | ・GDP成長率+2% ・競合の市場撤退 ・技術革新が加速 |
悲観シナリオ(確率25%) | ・GDP成長率-2% ・新規参入増加 ・代替技術の台頭 |
4.2 予測モデルの精緻化
変数間の相関分析
主要な相関係数例 | ・GDP成長率vs市場成長率:0.85 ・所得水準vs購買単価:0.72 ・人口増加率vs需要増加率:0.64 |
モデルへの反映方法 | ・重回帰分析の活用 ・因子分析による変数選択 ・時系列分析の適用 |
5. よくある失敗とその対策
データ収集段階の失敗 | 分析段階の失敗 | |
典型的な失敗 | ・単一データソースへの依存 ・古いデータの使用 ・定義の違いの見落とし | ・過度に楽観的な前提 ・重要変数の見落とし ・季節変動の無視 |
対策 | ・複数データソースの活用 ・データ更新時期の確認 ・定義の厳密なチェック | ・保守的な数値の採用 ・チェックリストの活用 ・過去データの詳細分析 |
6. 実務に役立つツール・フレームワーク
6.1 市場規模予測テンプレート
基本フォーマット:
1. 市場概要 | ・定義・範囲 ・セグメント区分 ・主要プレイヤー |
2. 定量分析 | ・過去5年のトレンド ・成長要因分析 ・将来5年の予測 |
3. 定性分析 | ・規制環境の変化 ・技術トレンド ・競争環境の変化 |
6.2 予測精度管理表
チェック項目:
□ データソースの信頼性
□ 前提条件の妥当性
□ 計算ロジックの整合性
□ 外部環境変化の反映
□ 競合動向の考慮
□ リスク要因の分析
まとめ:精度の高い市場規模予測のために
- 複数のアプローチを組み合わせた分析
- データの信頼性の確保
- 現地特性の十分な考慮
- 定期的な予測値の検証と修正
- リスク要因の把握と対応
次回予告:ステップ3 事業計画の策定 ⑤「海外進出における収支計画:注意すべき5つのポイント」
次回は、海外進出の収支計画策定について解説します。以下のような内容を予定しています:
- 収支計画策定の基本的アプローチ
- 収支予測における重要な考慮点
- 地域特性を踏まえた収支構造の違い
- コスト項目の網羅的な把握方法
- 収益性向上のための施策
- 収支管理の具体的手法
海外進出における収支計画は、その後の事業運営の基礎となる重要な要素です。次回の内容にもぜひご期待ください。